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掌編小説 │ 青梅アンダンテ


「あー、ハルちゃんママ、そっち系の人なんだ?」

  その瞬間、わたしたち親子は、冷水を浴びせられたようにぴりっと固まった。かあっと体の表面がほてるのを感じた。



 幼稚園の帰り道。糸のような雨が降っていた。黒や透明の傘を差した人々が行き交っている。

 スーパーで南高梅を見つけた。袋を持ち上げるとこの時期ならではの懐かしい香りがふわっと広がった。みずみずしい。

 今年はどんなお砂糖を使おうか。できたシロップはどんなふうに飲む?

 娘の遥香とそんな話をしながら、南高梅と青梅の両方をカゴに入れ、お砂糖売り場に向かった。
 帰宅後の楽しみで頭がいっぱいだった。


 彼女に出会うまでは。


「ハルちゃんママ!」

 娘と同じクラスの”璃々華ちゃんママ”は、わたしたちの姿を見とめると、足を止めて、ひらひらと手を振りながらこちらにやってきた。ふと横を見ると娘の身も固くなっているのがわかる。わたしも、そしてたぶん娘も、この親子とは相性が悪いようだった。


 なにを話していたのかあまり覚えていない。でも、わたしたちのカゴに入ったたっぷりの梅たちに気づくと、彼女はふっと笑ってああいったのだった。

「丁寧な暮らしとか時代遅れじゃない?」

 彼女は、ころころと笑いながら続けた。

「梅酒とかさあ、買ったほうが早くない? 作ることに意義があるってやつ? それとも節約系? どっちにしても、雑なウチにはハードルが高いわあ」



 ただ単に、思ったことを言っているだけなのかもしれない。買ったほうが早いというのもわかる。

 でも、わたしは娘と一緒に毎年梅を漬けるのが好きなのだ。遥香が生まれた年からずっと習慣にしてきたことで、この時期が来るたびにわくわくする。



 なのに心の中をじわじわと黒く染められたような、いやな気分になった。わたしたちは無言のまま家路についた。

 家に帰ると、遥香が無言で梅の袋を開けた。
 わたしはボウルにたっぷり水を張った。遥香がそこにぽちゃ、ぽちゃ、と梅の実を落としていく。


「遥香、青梅のほうだけでいいよ」と、南高梅の袋も開けようとしていた娘に言った。

 青梅はアク抜きが必要で、1~2時間は水に漬けておく必要がある。でも、南高梅はその必要がない。むしろ、漬けてはいけないと本で読んだ。

 夕方、遥香が踏み台を持ってきて、キッチンの洗い場に立った。
 ボウルの中の梅をひとつずつ、きれいに洗っていく。私はそれをキッチンペーパーで丁寧に拭き取る。


 ダイニングテーブルの真ん中に道具を並べる。
 梅がたっぷり入ったボウルと、からっぽのボウルと、計量器と、チラシで折った小さなごみ入れと、洗って乾かしホワイトリカーを含ませたペーパーで拭いて消毒しておいた保存びんを3つ。それから氷砂糖と黒砂糖、グラニュー糖、きび砂糖、お酢、りんご酢。そして、竹串が2本。

 ふたりでもくもくと梅のへたを外した。へたと実のすき間に竹串を差し込むと、南高梅のほうはおもしろいようにポロポロ取れていく。青梅は少しだけ力がいる。

 ヘタをごみ入れに移す。ヘタを外した梅の実は空っぽのボウルへどんどん入れていく。
 ややあって、遥香が口を開いた。



「ママ、璃々華ちゃんママは、自分ができないから、あんなふうに言ってるんだよ」

 うつむいた瞳には、涙が滲んでいる。
 大人のわたしでももやもやした気持ちになるのだから、娘の年ごろだったらもっとそうなのだろう。

「それはわからないよ。興味がないだけかもしれない。できないじゃなくって、やらないのかも」

 わたしは自分に言い聞かせるように言った。遥香は納得がいかない様子だった。本当は彼女の「ハードルが高い」という言葉やそのときの表情から、拒絶や馬鹿にした感じを受け取っていた。

「じゃあ、梅の実とお砂糖をおんなじ量だけ入れて。こっちが遥香のびんね」

 マスキングテープとマジックを遥香に渡した。表情が明るくなった。楽しそうに「はるかのうめしろっぷ」と書いている。「は」が鏡文字になっているのがかわいくて、くすりと笑みがこぼれる。

 年中さんになったころから、遥香の専用びんを用意するようにした。これが思いのほか好評で、毎日、楽しそうに上下をひっくり返している。


「遥香はねえ、今年は黒砂糖だけのシンプルなのにするの」

「じゃあママはりんご酢ときび砂糖で作ってみようかな」

 こうして迷う時間も楽しい。


 璃々華ちゃんママの言葉には、どこか嘲るようなニュアンスが含まれていた。最近、こういう空気をよく感じる。ハンドメイドや梅仕事、味噌づくり——家の中でこつこつ取り組むものほど、どこかで軽く見られる風潮がある。

 「家事」とつながっている。それけで、ただの趣味が意識の高い“なにか”にすり替えられてしまう。


 私は空色のマスキングテープに「ままのしろっぷ」と書いていく。気分はまだ晴れない。でも、雨上がりの空はとてもクリアな色をしており、大きな虹がかかっていた。




(2,000字)


▼この小説は『√365』の一部です。
どのはなしから読んでも大丈夫な短編集ですが、序章と終章を読むとすべてが繋がります。

▼先月更新したのはこれ。


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三條 凛花 最後までお読みいただき、ありがとうございます♡

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