読書するのに話が面白くないのはなぜか?
三宅香帆さんと一度だけお仕事で共演させていただいたことがありまして、それをきっかけに大ファンとして新刊が出た際には必ず購読しております。マジで日本語が読める人は全員読んだ方がいいです。
新刊が出ましたね。タイトルがまたニクい。「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」もそうだったけど、問いから期待される情報が魅力的なんだよなぁ
みんな面白くなりたいよね?
みんな面白くなりたいじゃないですか。なりたいですよね???(圧)
ぼくは田舎から大阪の大学に進学したのですが、当時陰過ぎて大阪のノリについていけなかったんですよ、話が面白くなかったので。その中でもどのようにコミュニティで立ち位置を獲得できるかめっちゃ悩んだことがありまして、結果『意味の分からん奇行をやり続ける』というところに着地して奇行をやる学生時代を過ごしました。そのせいでいまでも笑いの方向性がよく分からない方向を向いてて、「生き残るためにやったこと」は人間の内面を変えるんだなぁなんて思っています。(味を占めたとも言える)
そんな自分なので、この書籍のタイトルは非常に魅力的に映りました。奇行以外で人を惹き付けられるのであればそれに越したことはない。本書は三宅さんが、とある若手ビジネスパーソンから「反射的に面白さが必要な場所で、どうすれば頭の回転が速くて、話の上手い、面白い人になれるのか」と問われたことをきっかけに、そのアンサーとして執筆したそうです。
まず、本書の結論として、「話が面白くなる、人間だからこそできる読解方法」は以下の5つがあるということです。
〈比較〉ほかの作品と比べる
〈抽象〉テーマを言葉にする
〈発見〉書かれていないものを見つける
〈流行〉時代の共通点として語る
〈不易〉普遍的なテーマとして語る
なるほどなと。この5つの観点を見ただけでも何となく納得度がある。確かに笑いが取れなくても「この人面白い」って思われる人ってこの要素を備えているような気がする。ここからこの5つの観点を掘り下げていくとのことで読み進めていくと、それぞれの観点が特に表れている過去のnote記事が並ぶ。
・・・やりおった。過去記事のアーカイブ総集編やないか。
と心の中でツッコミました。確かに執筆活動を多くされている方ってこういう形で過去の記事をテーマに応じて編集し、書籍にしたりすることがあるんですが、今回はそのパターンかと。とはいえ三宅さんのnote自体は片手で数えられるほどしか購読したことが無く、まずは読み進めていくことに。するとどうだ、気が付いたら2時間経っていた、なんやこの没入感。知的好奇心が刺激されたのか、気が付いたら口の中がパッサパサになってました(褒めている)ちなみに読んだ後ちゃんと有料マガジン購読しました。全ては三宅さんの掌の上(違う)
書籍の構成上〈比較〉のジャンルで数記事が並び、〈抽象〉のジャンルで数記事が並んでいるのですが、「一つの記事に一つの技法」ではなく、5つの技法すべてを駆使しているように感じました。「このテーマで語るには特にこの技法を使っていた」というのが正しいかと。
詳細は読んでもらいながら感じてもらえると良いのですが、個人的に印象的だったこと、読みながら感じたことを2つ記したいと思います。
「課題解決型」と「ネタ収集型」で読み方が圧倒的に変わる
過去読んだ書籍で「ビジネス書しか読んだことのない中堅ビジネスパーソン」を批判していたものがあったんですよ。(〈比較〉の技法を早速使ってみたいのに使えない…悔しい)ビジネス書は非常に有益な知識が得られるし、読むことは否定されるものではない。ただ一般のビジネスパーソンの読み方と三宅さんの読み方を比較すると「課題解決型」と「ネタ収集型」に分けられると捉えました。
どういうことかというと、ビジネスパーソンって「自分の業務課題を解決する」とか「効率的に有益な情報を得て業務に活かす」ことを目的に読書をするじゃないですか。そこには「誰かに伝える」という観点が無いので、読書中は本の中にある情報・メリットを享受することに意識が向けられる。そのため、「ほかの書籍と比較する」とか「この書籍では言われてないけど~」みたいな話ができない。すなわち、「課題解決のために重要な情報を得る」のがビジネスパーソンの「課題解決型」の読み方。
一方、三宅さんは全ての情報を「誰かに面白く伝えるためのネタ」として捉えている。もちろん職業柄もあるのかもしれないが、ただ情報を享受するだけではなく、誰かに面白く伝えようとする意識が常にある。言っていいものか分からないが、一度ご一緒させていただいた際にも我々がするHR周りの話に非常に興味深く耳を傾け、メモを取ってくれたことが印象深いんですよね。様々なコンテンツをネタとして鑑賞・観察しているため、そのコンテンツを見る切り口が人とは異なる。その切り口が先ほどの5つの技法に集約されるものであり、それらが独自の解釈を生み、面白い情報としてインプットされる。これが「ネタ収集型」の読み方。
ぼくは企業研修を生業とする会社で働いているのですが、人気のある方っていつの時代も話が面白い。人事や研修の受講者をファンにして帰るんですよね。持っている観点に独自性があって、持っている情報を受講者に「面白く・興味深く」伝えられる人はやはり引き合いがある。人事から「あなたがいい」って指名されるんですよ。そういう人は恐らく「ネタ収集型」で情報を収集しているように感じます。
問いを持つことで「面白い切り口」で本を読むことができる
「この技法は普段の習慣が効いてくるので、すぐにはできるようになるわけではないと思うのですが…」と三宅さんは語る。この習慣を一般人が持ち続けるには「意識する」ことも大事だがそれ以上に「興味を持つ」ことが大事なように思う。しかしこの興味の持ち方についてはこの書籍で言及されていない。興味の持ち方は人それぞれであり、『「好き」を言語化する技術」』でも少し触れていた「伝わりやすさを工夫するしようとする志」を持てるか否かはその情報に興味が湧き、感情が揺れるかどうかに依存するような気がします。
その際に重要となるのが「問い」だと考えます。三宅さんのコラムは様々なテーマで執筆されていますが、全て興味深く、面白い。恐らくいろんなテーマに関する問いが頭の中にあって、受け取る情報が「この問いに紐づいてそうだな~」となれば、その問いに対してこのコンテンツがどう寄与するだろう、という観点で鑑賞していく。目の前のコンテンツを額面通りに受け取るだけではなく、自身の持つ「問い」に沿って受け取り、解釈していくことでこの技法が磨かれていくのだと、ぼくは思います。
個人的に「切り取り方うっま!!!」と感じたところがあって、家庭問題について論じたコラム。「民法ドラマが好きだ」という話から始まり、各ドラマの内容を家庭問題をテーマになぞらえて切り取っていく。そんな中で漫画「SPY×FAMILY」の話が挙がってきて、『夫婦が巧妙にコミュニケーションを避けて取っているところが面白い』『アーニャが心を読んでくれるから、娘がかすがいとなって夫婦のディスコミュニケーションを回避させてくれる』という風に切り取っている。
・・・うますぎんか?このコラム内の作品は「SPY×FAMILY」しか存じ上げなかったが、こんな切り取り方で話している人は見たことが無い。作品を知っている人からすれば『確かに!!!』と心の中で叫ぶことでしょう。
これも「家庭問題」に対する問いから生まれた切り取り方ですよね。やはりいろんなテーマに対する問いを持つことが、面白い話をするための解釈を生むんだなと思います。そのためには感情を細分化することが大事で、『「好き」を言語化する技術」』では・・・(長くなるのでやめておきます、こちらの書籍も必ず読みましょう、ちなアフィリエイトとかではない)
別に何かにつながらなくても面白ければいいよね
本書のあとがきで、三宅さんはこんなことを語っていました。
人文学はお金も権力も生み出さない。けれど、「続きを早く聞かせて」と言われるような面白い話をすることで生き延びられる。
この一言、「なぜ働いてると本が読めなくなるのか」で提唱していた"半身"の話に通ずる部分があると感じました。そんな全身全霊で働かなくても、自分の興味・問いから鑑賞したものを語れて、それが面白かったら価値だと。そういう営みの価値を高めていきたんだろうなと。
目的のために愚直に、がむしゃらに頑張ることが美徳とされる日本では、自分の好きなものについて語ったり、目的につながらないインプットは軽視されがちだと感じます。「それ、意味あるの?」って言われるやつですね。
個人的には目的のある課題解決のことしか語れない人は「道具的に」信用しても、「人として」信頼はできないかもしれない。やっぱり遊び心を持っていろんな物事を面白く語れる人の方が好きだし、そういう人の方が巡り巡って違うところで仕事につながることもあるように思います。別に何かにつながらなくても面白ければいい。誰かにとってはハッピーなので。
目的持って効率的に情報収集することも大事。目的に沿わないコンテンツも味わいながら、自分ならではの問いに沿って解釈し、人に話せるようになりたい。いろんなネタを集める感覚で読書を続けていきたいと思いました。
まとめ
あと奇行やめたい
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