あなたは、赤じそを食しますか?
こう問いかけると、多くの人は梅干しの横に寄り添う、あの鮮烈な赤色を思い浮かべるかもしれない。
あるいは、温かいご飯の上で湯気を吸って香りを立てる、ふりかけの「ゆかり」を連想するだろうか。
確かに、梅干しと共にある赤じそは、私にとっても最も身近な存在だ。
あの塩気と酸味、そして独特の香りが、梅干しの味をどれほど深く、豊かなものにしていることか。
しかし、私の心の中で「赤じそ」という言葉が呼び起こす風景は、それだけではない。
それは、もっと個人的で、甘酸っぱく、そしてどこか切ない記憶の層と固く結びついている。
日常に溶け込みながらも、ふとした瞬間に鮮烈な存在感を放つ。
赤じそとは、私にとってそういう存在なのだ。
✅鮮やかな記憶のジュース
私にとっての赤じそに、特別な「ハレの日」の感覚を与えてくれるもの。
それは、間違いなくシソジュースだ。
幼い頃、夏になると母が時折、あの魔法のような飲み物を作ってくれた。
梅雨が明け、強烈な日差しが庭を焼き始める頃。
母はどこからか、大きな赤じその葉の束を抱えて帰ってくる。
それを丁寧に洗い、大きな鍋で煮出す光景。
台所には、青臭さと甘さが入り混じった独特の湯気が立ち込める。
煮出された液体は、最初どす黒いほどの紫をしている。
そこに母が砂糖を加え、そしてクライマックスのように酢を注ぎ入れる瞬間、液体は魔法にかかったように、はっと息をのむような鮮やかなルビー色へと変わるのだ。
子供心に、あれは一種の化学実験であり、錬金術のように見えた。
冷たく冷やされたシソジュースを、氷を入れたグラスで飲む。
強烈な夏の光の中で、その一杯がどれほど喉を潤し、心をときめかせてくれたことか。
それは、店で買うどんなジュースよりも「特別」な味がした。
手間と時間、そして魔法(=化学変化)が詰まった、夏の儀式のような飲み物だった。
そして今。
私の隣でシソジュースを作ってくれるのは、妻だ。
彼女もまた赤じそが好きで、夏になると大きな鍋でコトコトと煮出す作業を始める。
母が使っていたものとは違う種類の酢を使い、砂糖の量も違う。
当然、仕上がるジュースの味は、母の作ったそれとは微妙に異なる「妻の味」だ。
だが、不思議なことに、そのグラスの中のルビー色を見つめるとき、私の脳裏には、幼い頃の台所の光景が鮮やかによみがえる。
同じ行為が、世代を超えて繰り返されている。
母が私にしてくれたように、妻が私にしてくれる。
そして、そのジュースを飲む私は、子供時代の私と、今の私とが、一本の赤い糸で結ばれるような感覚を覚えるのだ。
✅こぼれ種が繋ぐもの
赤じそという植物は、驚くほど強靭な生命力を持っている。
園芸や家庭菜園に詳しい人ならご存知だろうが、赤じそは一度植えると、その栽培の容易さに驚かされる。
少々手入れを怠ったところで、そう簡単には枯れない。
それどころか、その繁殖力は凄まじいものがある。
秋になると、赤じそは紫色の小さな花を穂状につける。
私は、この「穂シソ」を醤油に落とし、刺身と共に味わうのもまた一興だと思っているのだが、この穂が熟し、種を落とす。
そして次の年、思いもよらない場所から、ひょっこりと赤紫の双葉が顔を出すのだ。
これが「こぼれ種」である。
庭の隅、敷石の隙間、植木鉢の端。
去年、確かに赤じそがあった場所から律儀に芽を出す様は、まるで「今年も来ましたよ」と挨拶に来てくれているかのようだ。
それは雑草のしぶとさとは少し違う、どこか健気で、約束を守るような律儀さを感じさせる。
この「こぼれ種」という現象が、私にはたまらなく愛おしく、そして郷愁を誘う。
もちろん、青じその大葉も大好きだ。
あの爽やかな香りは、冷奴や素麺に欠かせない、日本の夏のもう一つの主役だろう。
しかし、青じそが持つ「陽」の明るさ、瞬発的な香り立ちとは対照的に、赤じそには「陰」の深みがあるように思う。
土の匂い、発酵の匂い、そして時間の経過を内包したような、複雑な香り。
赤じそが誘う郷愁は、単に「昔は良かった」というノスタルジーではない。
それは、生命が巡り、土地に根付き、また同じ場所に戻ってくるという「循環」そのものへの、原始的な安堵感に近いのかもしれない。
こぼれ種が芽吹くのを見るたび、私たちは無意識のうちに「繋がり」と「継続」の確かさを感じ取っているのではないだろうか。
✅赤と紫のグラデーション
梅干しと共に漬け込まれ、その身を梅に捧げる赤。
ジュースとなり、鮮烈なルビー色で喉を潤す赤。
そして、刺身の脇で静かに香る、穂シソの紫。
赤じそは、その姿を様々に変えながら、私たちの食卓と記憶に、深く根を張っている。
その色は、単純な赤ではない。
光の加減で、深く暗い紫にも、黒に近い色にも見える。
それはまるで、私たちの記憶そのもののようだ。
楽しかった記憶、少しだけ苦かった記憶、忘れたいのに忘れられない記憶。
それらが複雑に混ざり合い、一枚の絵画のようにグラデーションを描きながら、現在の「私」という存在を形作っている。
私たちは皆、そうした名もなき記憶の「こぼれ種」を、日々の暮らしの中で知らず知らずのうちに受け取り、そしてまた、誰かに手渡しているのかもしれない。
母が私に手渡したシソジュースの記憶。
それを今、妻が新たな「味」として私に手渡してくれる。
その行為に込められた無言の想いを、私はどれだけ受け取れているだろうか。
いつの日か、この「妻の味」のシソジュースを、誰かが懐かしく思い出す日が来るのだろうか。
それが私でない、私の知らない誰かであったとしても。
私たちは、何を遺し、何を受け継いでいくために、こうして生きているのか。
グラスの中で揺れる赤紫の液体は、美しい色を放つだけで、その答えを教えてはくれない。
ただ、その奥深い香りが、ふわりと鼻をかすめ、再び私を遠い追憶へと誘うだけである。
✅LINE公式アカウント

心を整える事のご相談、家事育児の悩みのご相談は
LINEでご連絡くださいね。😊
✅お知らせ
りんだーくの定期マガジン【エッセイ集】を発行しました。
毎日更新のこの記事よりも、より細かく人生の生き方のコツや日々思った事を書いたエッセイを書いています。
気になる方はこちらをどうぞ。
✅りんだーくの定期マガジン【エッセイ集】
✅合わせて読みたい
✅インフォメーション

🐰X(旧Twitter)(フォローお願いします😊)
🐰Instagram(見に来てね😊)
📖Blog
🔹主夫の楽しい生活Blog(主夫が楽しく暮らすあれこれのBlog)
🔹リン☆だあくの家事MAX(主夫になりたい人を応援するBlog)
🔹リン☆だあくの副業術(主夫をしながらでも副業をやる情報のBlog)
🔵お仕事依頼(グラフィックデザイン)
🔵お知らせ
🗺サイトマップ

🙌サポートして頂けると飛び上がって喜びます!😍
いいなと思ったら応援しよう!
✅よろしければサポートお願いします❗
毎日更新の励みになります😊
頂いたサポートは、毎日の活動費(スタバ代など)に大切に使わせていただきます❗❗これで、スタバでコツコツ記事を書くことができますー。ありがたいです。🙏