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人生のテーマを問われたなら、今のわたしは、それは「家族」なのかもしれない、と答えるだろう。
確信ではない。
ただ、ふと気づけば、わたしの視線と思考は、いつもこの不確かで、厄介で、そしてどうしようもなく愛おしい人間関係の最小単位へと引き寄せられてしまうのだ。
街角のカフェで、公園のベンチで、あるいは駅のホームで。
見知らぬ家族の何気ない仕草や会話の断片から、わたしはその背景にある物語を、まるで自分の記憶をたどるかのように、無意識に想像してしまう。
その癖は、わたしの人生そのものが、二つの対照的な「家族」の物語によって織りなされているからに他ならない。


✅原家族とトラウマと

わたしの故郷は、地図上では点としても描かれないような、深い山の懐にあった。
家は厳格で、父と母はいつも畑仕事か出稼ぎで家を空けていた。
家の記憶はお日様の匂いよりも、土と汗の匂いが色濃く染みついている。
そんな家で、わたしの世界の中心にいたのは、祖父と祖母だった。
腰の曲がった祖父の背中、節くれだった祖母の手。
その二人が、わたしの空腹を満たし、寂しさを紛らわし、幼いわたしをこの世に繋ぎとめてくれていた。

だが、人の心とはなんと身勝手なものだろう。
物心つき、世界が広がり始めると、その無償の愛は、息苦しい檻のように感じられるようになった。
中学時代の反抗期。
わたしの中の行き場のない苛立ちや、世界への不満のすべては、黙って受け止めてくれる祖父母へと刃のように向けられた。
食卓を立てば茶碗を投げつけんばかりの勢いで立ち去り、心配する声には耳を塞いだ。
彼らの皺の刻まれた顔が、どれほど悲しみに歪んでいたか。
今、この歳になってようやく、その痛みが自分のことのように胸に迫る。
懺悔するには、もう彼らはこの世にいない。
後悔とは、なんと遅れてやってくるものか。

父は、強い男だった。
あるいは、強くあろうとしすぎた、弱い男だったのかもしれない。
その拳は、わたしたち家族に向けられることがしばしばあった。
昼間から酒を呷り、その琥珀色の液体に何を逃していたのか。
酔いが回ると、父の言葉は罵声に変わり、その手は容赦なく飛んできた。
わたしは父を恐れ、憎んだ。
だが、その記憶の片隅で、酒瓶を握りしめ、遠くを見つめていた父の孤独な背中もまた、焼き付いて離れない。
あれは、アルコール依存症という病だったのだと、今ならわかる。
だが、当時のわたしには、ただただ巨大な恐怖の象徴でしかなかった。

母は、そんな父の隣で、いつも花のように儚げに笑っていた。
母の死は、あまりにも突然だった。
まだ50歳という若さだった。
父のせいなのか。
それとも、ただ運命が残酷だっただけなのか。
その問いは、今もわたしの心の中で答えの出ないまま、重く澱んでいる。

こうした原家族での経験は、わたしに一つの生存戦略を植え付けた。
常に人の顔色を窺い、感情の微細な揺らぎを読み取り、先回りして危険を回避する。
それは、生きるための術であり、同時に深い呪いでもあった。
この呪いが、後にわたしに鋭敏すぎるほどの観察眼を与えることになるとは、知る由もなかった。

✅自分で作った家族の幸福感

わたしが築いた現在の家族は、妻と、高校生の娘、中学生の息子がいる。
この家族を、わたしは心から幸福だと自負している。
その言葉の裏には、かすかな誇りと、そして過去の自分への小さな救済の想いが含まれている。

数年間、妻が仕事の都合で単身赴-任していた時期がある。
息子がまだ保育園の年中だった頃から、彼が制服を着て中学生になるまで、わたしはほとんど一人で家事と育児を担った。
いわゆる「ワンオペ育児」だ。
朝は誰よりも早く起き、息子の弁当を作り、娘の長い髪を結う。
仕事から帰れば、息つく間もなく夕食の支度をし、洗濯物を回し、宿題を見てやる。
熱を出した子どもを抱えて夜間病院に駆け込んだ夜も、保護者会で父親がわたし一人だった日も、数えきれないほどあった。

それは過酷な日々であったが、同時に、わたしが「家族」を肌で理解する、かけがえのない時間でもあった。
子どもの成長の一瞬一瞬を間近で見つめ、彼らの喜びや痛みを共有する。
その密度の濃い時間は、わたしと子どもたちの間に、何物にも代えがたい固い絆を結んでくれた。
そして、世の中の親たちが抱える苦悩や孤独が、他人事ではなく、自分のこととして深く胸に突き刺さるようになった。

わたしにとって、もう一つの衝撃的な「家族」の風景は、妻の実家にあった。
初めて訪れた日、わたしは度肝を抜かれた。
妻が、こともなげに父親と冗談を言い合い、腹を抱えて笑っているのだ。
その光景は、わたしの辞書には存在しないものだった。
わたしにとって父親とは、緊張の源であり、会話は常に敬語。
用件がなければ口を開くことすらなかった。
親子とは、こんなにも温かく、軽やかに笑い合えるものなのか。
血の繋がった関係性が、これほどまでに自由で、対等なものであり得るのか。
それは、わたしが抱えていた「家族」という概念を根底から揺るがす、啓示のような出来事だった。

✅いろんな家族の形に興味

原家族が与えてくれた痛みと、自分で築いた家族が教えてくれた温もり。
その両極を知っているからこそ、わたしは「家族」という存在に、どうしようもなく惹きつけられるのだろう。

街で見かける、手をつないで歩く若い夫婦。
その指先に込められた未来への希望を思う。
公園の砂場で子どもを叱りつけている母親。
その声の裏にある疲労と愛情を感じる。
老夫婦が、何も言わずに同じ夕日を眺めている。
その沈黙が語る、共有された時間の長さに思いを馳せる。

一つとして同じ物語はない。
幸福の形も、痛みの在り処も、千差万別だ。
わたしの観察眼は、彼らの些細な表情や仕草から、その家族だけの歴史の断片を拾い集めてしまう。
それはもはや、単なる想像ではない。
わたし自身の二つの物語を反響させながら、彼らの人生に寄り添おうとする、切実な試みなのかもしれない。

家族とは、一体なんだろう。
それは、血という抗えない繋がりか。
それとも、共に食卓を囲み、眠りについた、時間の積み重ねが生む情愛か。
あるいは、互いに与え、与えられた、消えない傷の形が、不思議と似通っている者たちの寄り合いのことなのだろうか。
今日もわたしは、答えの出ない問いを胸に、街に溢れる無数の家族の物語に、そっと耳を澄ませている。


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