人生で2度目の欲望がわからない状態
かつて、私の世界から色が消えたことがあった。
一度目の「欲望がわからなくなった」あの時。
原因は明確だった。
うつ病という名の深い霧が、私の五感をすべて覆い隠してしまったのだ。
あれは「無欲」などという穏やかな言葉で片付けられるものではなかった。
食欲も、睡眠欲も、ましてや誰かと繋がりたいという根源的な欲求すらも、重たい泥の中に沈んでいくような感覚。
世界はモノクロームで、呼吸をすることさえ億劫だった。
生きているという実感の代わりにあったのは、ただ「消えてしまいたい」という切実な渇望だけだった。
その後、幸いにも治療を経て霧が晴れ、世界に彩りが戻ってきた。
朝の光が眩しいと感じ、食事が喉を通る喜びを知り、普通の男性が抱くような、もっと良いものが欲しい、もっと遠くへ行きたいという、ありふれた、しかし力強い「欲望」が私の元に帰ってきた。
それこそが「健康」の証なのだと、当時の私は疑わなかった。
しかし今、私は人生で二度目の「欲望がわからない状態」に立ち至っている。
だが、あの時とは決定的に何かが違うのだ。
✅〜たい、がない
今の私には、驚くほど「〜したい」という衝動がない。
世間一般で言われる成功への野心や、物質的な所有欲、あるいは過度な承認欲求。
それらが、まるで遠い異国の出来事のように感じられるのだ。
ふと、自分の体調に目を向けてみた。
以前、血液検査で男性ホルモン(テストステロン)の値を測る機会があったのだが、結果は驚くほど低かった。
一般的に、テストステロンは「攻めのホルモン」と呼ばれ、競争心や性欲、社会的な野心と密接に関係していると言われる。
医学的なエビデンスを紐解けば、この数値が低下すると、ドーパミン系の報酬系回路の反応が鈍くなり、物事に対する「やる気」や「渇望」が減退することが示唆されている。
若い頃の私であれば、この数値を見て「男として終わってしまうのではないか」と焦燥感に駆られたかもしれない。
しかし、今の私はこの客観的な数値を「なるほど、道理で」と、まるで夕方の天気予報を聞くような心持ちで眺めている。
「もっと大きな家を建てたい」「もっと高い時計を身につけたい」「もっと社会的な地位を上げたい」。
そうした、かつての自分を動かしていたエンジンが、音もなく停止している。
エンジンが止まった車は、慣性で静かに、しかし滑らかに走り続けている。
どこかへ辿り着こうとする必死さがない。
目的地を失ったのではなく、今いる場所がすでに目的地であるかのような、奇妙な静止状態の中に私はいる。
✅でも心地いい
不思議なのは、この「無欲」が、かつてのうつ病の時のような苦しさを微塵も伴っていないことだ。
あの時の無欲は、心のコップに穴が開いて、注いでも注いでも中身が漏れていく「欠乏」の無欲だった。
しかし、今の無欲は、コップに水がなみなみと満たされ、一滴も余分なものを受け付けない「充足」の無欲に近い。
朝、決まった時間に起き、コップ一杯の水を飲む。
ただそれだけのことが、深い充足感を与えてくれる。
長年続けてきたルーティンが、義務ではなく、呼吸と同じような自然なリズムとして私の中に定着している。
かつての私は、何かを成し遂げなければ自分には価値がないと思い込んでいた。
だからこそ、欲望を燃料にして自分を焚き付けていた。
しかし、テストステロンという生物学的なブースターが落ち着きを見せ始めた今、私は皮肉にも「何者でもない自分」をようやく受け入れられるようになったのだ。
何かが欲しいという欲求は、現状への不満の裏返しでもある。
今、目の前にある景色。
家族との穏やかな時間。
丁寧に淹れたお茶の香り。
それら以上に、私を満足させてくれるものが思い浮かばない。
これは、老化による枯淡(こたん)なのだろうか。
それとも、長い時間をかけて辿り着いた、ある種の悟りなのだろうか。
ホルモンバランスの変化という肉体的な衰えを、精神の成熟が優しく包み込んでいる。
そんな贅沢な感覚が、今の私を支配している。
✅まとめ
この二度目の無欲に名前をつけるなら、それは「透明な凪」かもしれない。
かつての私は、荒れ狂う波を乗りこなすことこそが人生の醍醐味だと思っていた。
波を立てるためには、強い風――すなわち欲望――が必要だった。
しかし、風が止んだ後の海面は、鏡のように空を映し出し、底の方まで見通せるほどに澄み渡っている。
男性ホルモンの低下という生物学的な事実が、私から「闘争」の牙を抜いたのは確かだろう。
だが、その代わりに手に入れたのは、世界と争わずに共生する、しなやかな平穏だった。
欲望がわからない。
それは、裏を返せば、今の自分に不足しているものが何一つないという、あまりにも幸福で、残酷な真実なのかもしれない。
人は、欠乏しているからこそ明日を夢見る。
何かが欲しいと願うからこそ、未来へと歩みを進める。
だとするならば、欲望という羅針盤を失った私は、これからどこへ向かうのだろうか。
満ち足りた静寂の中で、私はただ、次の季節の風が吹くのを待っている。
それが心地よい風なのか、あるいは二度と吹かない風なのか。
それを確かめようとする欲求さえ、今の私には、少しだけ眩しすぎるのだ。
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