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考察|ACは「心の痛覚がバグっている」状態で生きている

カウンセラーの先生に言われて印象に残っている言葉があります。

「あなたは心の痛覚がバグっています。」

最初はその言葉の意味が、よく分かりませんでした。

けれど今振り返ると、あまりにも的確だったと感じます。

■ なぜ、私は止まらなかったのか

自分でも、不思議に思うことがあります。

恐らく私の人生は、
一般的な環境で生きてきた人であれば、
途中で何度もドロップアウトしていてもおかしくないほどの、いわば“ハードモード”の連続だったのだと思います。

それでも私は、止まらなかった。

これまで述べてきた幼少期の環境の中で、

「自分さえ我慢すればいい」

「迷惑をかけてはいけない」

「結果を出さないと認められない」

そういった呪縛と、
父から刷り込まれた「我慢こそ美徳」
という価値観の中で生きてきました。

どんなにしんどくても、
「立ち止まる」という選択肢がそもそも存在しなかった。

「つらい」と感じることよりも、「やり続けること」が優先される状態が当たり前になっていたのだと思います。

だからこそ、今になって思うのです。
「あのとき、どう考えても限界だったのに、なぜ普通に動けていたんだろう」と。

本来なら、どこかで違和感に気づいて、ペースを落としたり、距離を取ったり、
あるいはその場から離れるという選択をしてもおかしくなかったはずです。

けれど当時の私は、
そうしなかったのではなく、
そうすることができなかった。

本来なら立ち止まるはずの場面で、止まらない。

苦しいはずの状況で、なぜか耐えられてしまう。

もう無理だと感じてもおかしくないところで、なぜか続けてしまう。

それは「頑張っていた」というよりも、
「止まり方が分からなかった」に近い感覚です。

どこまでが限界なのか。
どこでやめていいのか。

そもそも、自分がしんどい状態にいるということ自体を、正確に認識できていなかった。

だから結果として、限界を超えても動き続けてしまう。

今振り返ると、それは意思の強さというよりも、
「止まるための感覚」が機能していなかった状態だったのだと思います。

■ 「痛みが機能していない」という感覚

その理由を考えていくと、
ひとつの感覚に行き着きます。

心の痛みがあるのに、なぜか止まれない。

本来、人はある程度のストレスや負荷がかかると、「もうこれ以上は危ない」と感じて、ブレーキをかけるようにできています。

痛みは、止まるためのサインです。

けれど、AC(アダルトチルドレン)の傾向がある人は、そのサインがうまく機能しないことがあります。

傷ついているはずなのに、
それを痛みとして認識できない。

違和感はあるのに、
「これくらい普通」と処理してしまう。

限界に近づいていても、
「まだいける」と思ってしまう。

だから結果として、
血だらけでも走り続けてしまう。

■ それは「強さ」ではなく、センサーの麻痺

一見すると、それは「強さ」に見えます。

  • どんな環境でも適応できる。

  • 人よりも我慢できる。

  • 簡単には折れない。

実際、そうやって多くの場面を乗り越えてきた人も多いと思います。

私自身も、まさにそうでした。

ただ、ここにはひとつ大きな違いがあります。

健全に困難を乗り越えている人は、
そこに自己犠牲が伴っていません。

自分軸を持ったうえで、
「自分がどうしたいか」を基準に選択し、
必要なところで力を発揮している。

つまり、強さを使うかどうかを
「自分で決めている」状態です。

けれど、私の場合は違いました。

自分の意思で耐えていたというよりも
耐えることしか選択肢がなかった。

無理をしている自覚がないまま、
無理をし続けていた。

本来なら立ち止まるべき場面でも、
そのまま進んでしまう。

それは、「強いから耐えられる」というよりも
「痛みを感じ取れないから止まれない」
という状態に近かったのだと思います。

つまりその正体は、
本来の意味での「強さ」ではなく、
痛みを感じ取るセンサーが鈍くなっている状態です。

だからこそ、限界を超えても動けてしまう。
傷ついていても、それを傷として認識できない。

結果として、消耗していることに気づかないまま、さらに前に進んでしまう。

それは一見すると「強さ」に見えるけれど、

実際には、自分を守るための機能がうまく働いていない状態でもあるのです。

■ なぜ、私は「感じているのに止まれなかったのか」

なぜ、こんなことが起きるのか。

多くの場合、
それは環境への適応として身についたものです。

  • 感情を出すことが許されなかった。

  • 弱音を吐くことが受け入れられなかった。

  • 傷ついても、それを表現することに意味がなかった。

そういう環境の中では、「感じること」そのものがリスクになります。

  • 感じたことをそのまま出せば、否定される。

  • 弱さを見せれば、責められる。

  • 助けを求めても、何も変わらない。

そうした経験が積み重なると、
人は次第に学習していきます。

「感じても意味がない」
「感じてもどうにもならない」

もしくは、

「感じても、止まってはいけない」

この2種は似ているようでいて、
実は少し構造が違います。

前者の
「感じても意味がない」
「感じてもどうにもならない」
という感覚は、
どちらかというと回避型愛着の適応に近いものです。

感じたところで現実は変わらない。
だから最初から感じない方が合理的だと学習していく。
感情そのものを切り離し、距離を取ることで、自分を守る方向です。

一方で、後者の
「感じても、止まってはいけない」
これは不安型愛着に多いパターンです。

感じてはいる。むしろ強く感じている。
けれど、その感覚に従うことが許されていない。

・止まったら見捨てられる
・拒否したら関係が壊れる
・自分が我慢すればうまくいく

そういった前提があるために、

感じる → 無視する → 続ける

という流れが固定されていく。

つまり、

回避型は「感じないことで守る」

不安型は「感じながら我慢して守る」

という違いがあります。

そして私の場合は、明らかに後者でした。

感じていなかったのではなく、
むしろ、人一倍感じていた。

違和感も、苦しさも、ちゃんとあった。
傷ついていることにも、どこかで気づいていた。

けれどそれを、止まる理由として使えなかった。

感じているのに、進み続ける。

苦しいのに、やめられない。

限界に近いのに、
「まだいける」と自分に言い聞かせる。

それは、感覚が壊れていたというよりも、
感覚よりも優先されるルールがあった状態です。

「我慢するべき」

「迷惑をかけてはいけない」

「ここで止まるのはダメだ」

そういった前提が、感情よりも強く働いていた。

その結果として、

・違和感に気づいているのに無視する
・限界を感じているのに続けてしまう
・傷ついているのに動き続けてしまう
という状態が出来上がっていた。

これは、壊れていたのではなく、
「感じながらも止まらないようにする」ことで
環境に適応してきた結果です。

本来なら痛みは、「止まるためのサイン」です。
けれど当時の環境では、そのサインに従うことができなかった。

だから、

痛みを消したのではなく、
痛みを“無効化”するしかなかった。

それは選んだわけではなく、
そうしないと生きていけなかったからです。

そして事実として、その在り方があったからこそ
これまでの環境を乗り越えてこれた側面もある。

だからこれは否定すべきものではありません。

ただ、そのままの状態で生き続けると、
ひとつ問題が起きます。

■ 「止まるライン」が分からないという問題

「どこで止まればいいのか分からない」

ということです。

本来なら、
痛みが教えてくれるはずのラインが分からない。

だから、

・人に踏み込まれても気づかない
・無理をしている自覚がない
・気づいたときには消耗しきっている

ということが起きやすくなる。

そしてある日、突然動けなくなる。

私自身、その影響で自己免疫疾患を20代半ばで発症しました。

それは急に壊れたわけではなく、ずっと蓄積していたものが、限界を超えただけだったのだと思います。

ただ、今の環境ではもう、そのやり方を続ける必要はない。

これからは、

  • 感じたことを無視しないこと。

  • 違和感をそのまま扱うこと。

  • 「もう無理だ」と思ったときに、止まることを許すこと。

それが、回復の方向なのだと思います。

感じる力は、もともとちゃんとあった。
ただ、それを使ってもいい環境ではなかっただけ。

だから今は、感じていいし、止まっていい。

そこから、ようやく本当の意味での自分の扱い方が変わり始めるのだと思います。


■ 回復とは「感じられるようになること」

必要なのは、さらに強くなることではありません。

むしろ逆で、

  • 痛みを感じ取れるようになること。

  • 違和感に気づけるようになること。

  • 「これは嫌だ」と思える感覚を取り戻すこと。

  • 「もう無理だ」と言えるラインを持つこと。

それは、一見すると弱くなったように感じるかもしれません。

けれど実際はその逆で、

そこで初めて、自分を守る機能が戻ってくる。
境界線も、ここから生まれます。

どこまでが自分で、どこからが他人なのか。
どこまでなら大丈夫で、どこからが無理なのか。

それは頭で考えて引くものではなく、
本来は「感覚」で分かるものだからです。


■ 痛みを感じると、自己嫌悪も戻ってくる

心の痛覚が戻ってくると、

「あのとき、なぜ自分を守れなかったのか」

という思いが込み上げてきて、強い自己嫌悪に陥ることがあります。

むしろ、今まで感じずに済んでいた痛みが戻ってくる分、一時的にはしんどくなることもあると思います。

だから回復のプロセスは、鈍くなっていた感覚を、もう一度取り戻していく作業に近いのだと思います。

今まで感じてこなかったものを、
少しずつ感じ直していく。

それは、決して楽なことではありません。

むしろこの過程では、これまで押し込めてきたものが一気に浮かび上がってくることがあります。

どうしてもフラッシュバックが起きる。

忘れていたはずの「自分を守れなかった」出来事が、感情とセットで蘇ってくる。

例えば、

1.大口の得意先から業務外の付き合いを断りきれず、太ももを触られたり、手を握られたりするセクハラに耐えるしかなかったこと。支店に対応面でも売上面でも迷惑をかけられないという思いがあったため、拒否するという選択を取れなかった

2.自己免疫疾患で思うように仕事ができない状態のとき、当時の上司から「その状態で普通の評価をもらえると思うな。分かってるな?」と言われ、評価や人事権を盾に迫られ、性的な要求を受け入れざるを得なかったこと。評価を得られないことは「自分に価値がない」という認識に直結しており、拒否するという選択を取ることができなかった。その上司も私の断れない性格を知ったうえで脅してきたのだと思う。

3.飲み会後、先輩に家まで押しかけられ、帰ってほしいと伝えても聞き入れてもらえず、大ごとにしたくないという思いから強く拒否することができず、結果として家に上がられ、性的な暴行を受けたこと。当時は上記2の上司の影響下にあり、過去に別の社員から受けたセクハラを他の社員が私の代わりに訴えた際、当該社員を処罰する代わりにさらに関係を求められた経験があった。今回も訴えれば上司に助けを求めることになり、再び同様の要求を受ける可能性があると考え、動くことができなかった

4-1.昔、DVモラハラの元恋人の件を先輩に相談していたところ、その元恋人が管理職と組み、私とその先輩を貶めたこと(本来は司法の力を借りることもできたが、経済的にも搾取されており、資金を用意できず、仕事を辞めることも対抗措置も取れなかった)

4-2.DV元恋人からのモラハラに耐えきれず、絶望して大量の薬を飲み自殺を図った際、意識が朦朧とする中でレイプされ、避妊もされず、さらにスマートフォンを奪われ、こちらが有責になる証拠を偽造されたこと。それでも逃げるという選択肢を取れなかった自分がいたこと

4-3. その後数回にわたり、評価者会議ではDV元恋人と管理職が作り上げた虚偽の話を信じた一部の上層部によって、昇進を見送り続けられたこと。フライングモンキー達に更に盛った話を言いふらされたこと。

4-4. それまで仕事を認めてくれ、可愛がってくれていた別支店の管理職から4-3の話を聞かされ、強いショックを受けている中、当時の体制で最後となる評価者会議の前に「俺が味方になって推してやるからヤラせろ」と迫られ、裏切られたショックもありながら勇気を出して拒否した結果、評価者会議で推してもらえなかったこと。そして、その出来事を訴える行動に移せなかったこと

4-5.そのDV元恋人と結託していた管理職が社内で不倫していたため、せめて一矢報いるつもりで上層部に証拠写真を提出したが、もみ消されたこと

※なお、そのDV元恋人は、私と別れてから半年後には別の女性と結婚し、子どもも設けており、さらにこの4月には管理職に昇進したと聞いています


まだ他にも、思い出せばいくらでも出てきます。

当時は、性的に求められることに対して嫌悪感があり、やめてほしいと思っていました。

それでも、

「求められる=自分には価値がある」

という、幼少期に植え付けられた歪んだ認識によって、受け入れるしかないと思い込んでいる自分がいました。

自分の感覚よりも、「価値を感じられること」を優先してしまう状態でした。

その結果、自分の感覚を無視し続けることになり、次第に自己嫌悪が強くなっていきました。

そして、自分をさらに嫌いになっていく――
そんな循環の中にいました。

そしてもう一つ。
当時の私は、どれだけ追い詰められても、止まることができませんでした。

止まれないのではなく、
止まらないまま、
自力でどうにかして生き延びてしまうのです

DV元恋人と離れたあと、家具家財の半分は持っていかれ、嫌がらせで住民票を移され、同居区分が解除されると会社からの家賃補助も打ち切られました。

当時の手取りは20万円前後。そこから15万円の家賃を支払い、残るのはわずか5万円。

付き合っていた当時は生活費もほとんど出されず、実質的には私の財布を中心に生活が回っていました。

私が強く出られないことや、金銭管理の甘さを逆手に取られ、少しずつ、しかし確実にお金をせびられていきました。

そして気づいたときには、300万円の借金を抱えていました。

正直、夜職も頭をよぎりました。
けれど私は、「どうにかする」という方向に進み続けてしまった。

学生時代は勉強とサークルに力を入れており、アルバイトをする時間がほとんどありませんでした。
その代わりに、短期の世界史模試採点のバイトで得た資金を週末の中央競馬に全て投じて、効率よく稼いでいた経験があり、博才には自信がありました。

どのみち勝負しなければ終わる。
そう考え、人生で初めてパチンコを猛勉強しました。

平日は仕事終わりにパチンコへ通いながら、
片手でハンドルを回し、もう片方の手でスマートフォンからメルカリに出品し、売れるものはすべて売る。

最終的には財布も売り、半年間ジップロックを財布代わりにして生活していた時期もありました。
(中身が見えるので、意外と管理はしやすかったのですが...w)

電気は使わず、昔もらったアロマキャンドルで夜を過ごし、少しお金が貯まれば災害用のソーラーライトを購入し、昼間はベランダで充電して夜に使う。

まるでキャンプのような生活でした。(笑)

シャワーも使わず、湯船にためたお湯を洗面器で浴びて数日しのぎ、営業先が田舎だったこともあり、道の駅の100円の野菜や果物で食いつないでいました。

今振り返ると、努力の方向はかなり歪んでいたと思います。

けれど当時は、それでも耐えられてしまった。

そして、平日のパチンコで得た資金を元手に、
週末の中央競馬にすべてを賭ける生活を続けました。

単勝か三連単のみ。

結果として、半年で300万円の借金を完済しました。

そして返済が終わった瞬間、
驚くほどピタリと勝てなくなった。

「もうやめろ」と言われているような感覚があり、
そこでギャンブルからは手を引きました。

ただ、借金がなくなっても状況は楽にはなりませんでした。

家賃補助は戻らず、手取り5万円前後の生活。
単身用の社宅に移るには、違約金や敷金礼金、引っ越し代を含めて50万円ほどの初期費用が必要でした。

そのとき、「どうせ50万円を払うなら、自分の資産になる方がいい」

そう考え、

再びギャンブルで資金を作り、
頭金を用意して、マンションを購入しました。

引っ越しも業者は使わず、
DV元恋人と住んでいた家から、台車に荷物を積み、夜中に一人で何往復もして運びました。

女性が一人、段ボールを積み上げて夜道を歩く姿は、

まるで夜逃げのようだったと思います。(笑)

これは、27歳のときでした。

――ここまで読めば分かる通り、
これは「生命力の強さ」の話ではありません。

どれだけ限界でも止まらず、
どんな状況でも動き続けてしまう、
「止まれない構造」のまま生きていたということです。

これらはすべて、単なる「不運」ではなく、

アダルトチルドレン特有の状態──

本当は痛みを感じているのに、その感覚を優先することが許されず、関係を壊さないために自分を抑え込み続け、
結果として「止まれない・拒否できない・自分を守れない」という行動パターンが固定されていく状態

その構造の中で起きていた出来事でもありました。

そして感覚が戻ってくると、
それらを「何も感じずにやり過ごしていた過去」としてではなく、

「本来は強く傷ついていた出来事」として、
もう一度受け取ることになります。

だからこそ、

このプロセスはしんどい。

けれど同時に、

それはようやく「正しく感じられるようになった」ということでもあるのだと思います。


※これで、私が“女版ダイ・ハード”と言われる理由も、少しは伝わったかもしれません。(笑)


■ それでも「痛み」は希望になる

それでも、

「痛みが分かる」ということは、
「止まれる」ということでもある。

そしてそれは、
「自分を守れるようになる」ということでもあります。

だからもし、
これまでどんな状況でも耐えられてしまった自分に対して、
「自分は強いから大丈夫」と思っていたとしたら、
一度だけ、立ち止まってみてもいいのかもしれません。

それは本当に強さだったのか。

それとも、感じないことで成立していたものだったのか。

その違いに気づいたとき、
ようやく、自分の扱い方が変わり始める。

そしてそこから初めて、
「無理をしない」という選択が、現実的なものになります。

強さとは、壊れないことではなく、
壊れる前に止まれること。

その感覚を取り戻すことが、
本当の意味での回復に繋がっていくのだと思います。


そして最近、ひとつ小さな出来事がありました。

かつてセクハラをしてきた大口の得意先と、
SNSで繋がったままになっていたのですが、
ようやく、自分の意思でブロックすることができました。

それはたったそれだけの行動かもしれません。

けれど私にとっては、
あのとき何もできなかった自分に対して、
8年越しに、ようやく「守る」という選択ができた瞬間でした。

まるで、過去の自分の分まで、
静かに取り返したような感覚でした。

本当に、小さな一歩です。

けれどその一歩は、確実に「止まれる自分」に近づいている証でもあるのだと思います。

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