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小説:老人ホーム デスゲーム14

14
 僕はハルトの家に引き取られることになった。子犬になってしまって、しばらくセラピードッグとしての仕事はできないし、何より、ハルトの子供たちが精神的に負担を抱えているらしい。僕が一緒に過ごすことで、少しでも癒しの効果があれば、とハルトが僕を引き取ったのだ。ハルトの子供二人は、僕が思っていたよりもつらそうだった。PTSDを発症しているのだと思った。心に深い傷を受け、恐怖を抱え、それでも頑張って生きている。僕の存在が少しでも癒しになるなら、それはとても嬉しいことだった。
 少しずつ時間が流れ、僕は少しずつ成長し、子供たちは少しずつ元気を取り戻しているように見えた。狭いところや暗いところは相変わらず怖いようだが、少しずつ回復しているように見えた。子供たちが回復していくに従って、なぜかハルトは少しずつやつれているように見えた。あのあと結局行方不明になってしまった施設長の代わりに施設長代理として働いているから、仕事のストレスがあるのかもしれない。
 
 一年がたった。ハルトの子供たちがすっかり元気を取り戻し、僕は立派な成犬になった。
「タロウ、今日からホームへ行こうか」
 ハルトが声をかけてくれる。やった! ようやくみんなに会える。やっと働ける! 僕は嬉しくなってしっぽをブンブン振り回した。
「ははは。タロウは働くのが好きなんだな。えらいなあ」
 ハルトが撫でてくれる。声に張りがないのが気になるが、ホームに行って僕が一緒に働けば、またハルトも元気が出るかもしれない。久しぶりに仕事用のハーネスを身に着けると、気持ちが引き締まる思いがした。またセラピードッグとして働ける。なんて嬉しい!
 一年ぶりのホームへ行く。そっと詰所をのぞくと、イチカちゃんがいた。
「あ! タロウ! 復帰おめでとう!」
 明るい色の髪をなびかせて、僕に抱き着いてくる。やっぱりイチカちゃんは僕のことが好きだな、と確信する。リクは相変わらず四角い黒ぶちの眼鏡をくいっと持ち上げながら「タロウ、久しぶり」と冷静そうに言った。僕は嬉しくなって、リクに飛びついた。
「なんだよ、タロウ。わかったわかった」
 リクが僕の背中をガシガシ撫でてくれる。そうだよ、素直になれよ。リクだって、僕に会えて嬉しいだろう?
「タロウ!」
 詰所に入ってきたのはツムギだった。
「久しぶりだな~元気だったか? 会えて嬉しい」
 ツムギは僕の顔を両手で包み込むようにしてワシャワシャと撫でた。ツムギ、少しは一年で落ち着いたのか? そそっかしいままじゃないだろうね?
 気になっていたけれど、ユイちゃんは仕事を辞めたようだった。トメさんを連れて、遠いところに引っ越したらしい。トメさんが赤ん坊になってしまった経緯を誰も知らないところで、生きたかったのかもしれない。会えないのは寂しいけれど、ユイちゃんが選んだ幸せなら、尊重したい。
「タロウ、今日、セツコさんが退所なんだ。お見送りをしよう」
 ハルトが声をかけてくる。セツコさんが退所? 家族が在宅で診られるようになったのだろうか。ここのホームは、一度入所したら退所できる人はとても少ない。
 詰所を出て、デイルームへ行く。そこには、青年と女性が並んで立っていた。旅行でも行くかのような大荷物だ。
「ああ、タロウ。久しぶりだね」
 青年に声をかけられる。誰かわからない。そっと近づいてニオイを嗅ぐ。え、もしかして……
「ニオイでわかったかい? イワオだよ」
 そう。イワオさんのニオイだ。ずいぶんと若々しい青年になっている。そして横には、若々しい女性。もしかして……
「セツコです。タロウちゃん、お久しぶり」
 やっぱり! 車椅子だったセツコさんが、若々しい女性になっている。退所できるというのは、若返ったからなのか。
「ハルトさん、本当にすみませんでした。あの薬品の力は使わずにいよう、という約束でしたのに」
 イワオさんの言葉に、ハルトは少し疲れたように微笑んだ。
「いいんですよ。誰だって、大事な人と一緒に時間を過ごしたい。それは当たり前の感情です」
「ハルトさん、私が面会のたびに虫を運び込んで徐々にセツコを若返らせていたことに、気付いていましたよね? なるべく少しずつ、バレにくいようにやりましたが、やはり不自然だったはずです。どうして止めなかったんですか」
 ハルトは首をかしげた。
「さあ。自分でも、わかりません。こんな状態になってしまった今、何が正解なのか、誰にわかりますか? 止める必要を感じなかった。ただそれだけです」
 ハルトの言葉に、イワオさんは深く頭をさげた。
「お元気で」
「ハルトさんも」
 職員のみんなで二人を見送った。背筋の伸びた若い二人が、ホームの廊下を去っていった。今後あの二人が、一緒に年を重ねるのか、それとも若返り続けるのか、それは誰にもわからない。止められることでもないし、他人が決められることでもない。あの日、突然巻き込まれただけの、いわば被害者だ。それに、家畜や魚を殺して食べながら生きながらえている僕たちと、虫を殺して若返るイワオさんとセツコさん。どちらは善でどちらは悪なのか。そんなこと、誰が決められるのだろう。
「さーて、セツコさんの部屋の掃除してきまーす」
 どことなく曇った空気を消すようにイチカちゃんが明るく言って、廊下を歩いていった。みんな、あの日から同じ葛藤を持っているのかもしれない。何かを殺せば若返られる。わかっているけれど、その力は使わない。何が正解なのか、みんなわからないのかもしれない。
「タロウ、ちょっと見てほしいものがあるんだけど、いいか?」
 ハルトが僕に声をかける。僕はうなずいて、ハルトのあとについていった。

最終回へ続く

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秋谷りんこ(あきや・りんこ) おもしろいと思っていただけましたら、サポートしていただけると、ますますやる気が出ます!