小説:老人ホーム デスゲーム10
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「申し訳ないと思っていますよ。でもね、これは国からの命令なんですよ」
施設長は詰所の入り口でのんびりと話し出した。僕たちは利用者さんを施設長から守る形で、みんなで丸くなる。施設長の口調は丁寧で、こんな緊急事態でなければ、普通にミーティングをしているかのような風景だった。大男は小指で耳をほじっている。施設長が来れば、もう出番はないという決まりなのかもしれない。
「国からの命令って、どういうことですか?」
リクが真面目に聞き返す。
「つまりは、国の方針ってことです」
そこで、ハルトはそっとポケットに手を入れた。
「前回の選挙で大勝をおさめた与党ですが、そのマニフェストを知っていますか? みなさん、選挙は行きました?」
施設長は世間話でもするように話し続ける。
「今の日本は大変な少子高齢化です。何年か後には、日本人は滅びるかもしれない、なんて言う学者さんもいますね。そこで政府が打ち立てた対策が、これですよ」
そう言って施設長は両手を広げた。
「わかりますか? 高齢者の若返り。しかも寿命の奪い合いなら、もう一方の高齢者は死ぬ。いなくなる。決断力と行動力と、若返りたいという野心のある高齢者が生き残って若返る。まさに、超次元の少子高齢化対策ってやつですよ」
ハルトがポケットから、ほんの少しだけスマートフォンをのぞかせた。さっき更衣室に行ったときに、自分のロッカーへ寄って持ってきたのかもしれない。普段は、仕事中は持っていないはずだ。
「それでは、今日のこの殺し合いは、総理大臣公認ということですか?」
ハルトが聞く。
「まあ、そういうことですね。総理大臣の公認で、厚生労働省からお達しがきて、私が厚労省の役員と知り合いだったってことで、うちのホームが最初の被験施設に選ばれました。まあ、多少のこれ、は動きましたけどね」
そう言って施設長は、指でお金を示すジェスチャーをする。
「ハルトくんには相談しようかとも思ったんだけど、どう考えても、協力してくれないでしょう?」
施設長は、口を歪めて不快な表情を示した。
「はい。相談されても、協力はしませんでした」
ハルトの声が震えている。どこの誰かもわからない、いかにも悪そうな大男に自分の職場を蹂躙されるよりも、普段から一緒に働いていた上司に裏切られるほうが、より傷つくだろう。僕だって、ハルトに裏切られたら悲しい。
「では、施設長は、少子高齢化対策のために利用者さんが殺しあうことを、受け入れたということですね?」
施設長は少し口をとがらせて
「それが、日本の未来のためですからね」と言った。
「利用者さんたちは、施設長の目論みどおり殺し合いました」
「でしょうねえ。誰だって、自分が年をとったら、若返りたいのが本心です。それが誰かの犠牲の上であっても、結局は自分の若返りを選びます。まして、認知症の人々が認知症になる前に戻れるのだとしたら? それがわかったら、そりゃあ率先して人を殺すでしょう。私はその気持ちがわかります。利用者さんは責められません」
「そうでしょうか」
「ええ、そうです。今回のこの施設での罪は、国は問わないことになっています。つまりは、殺人罪に問われません。それどころか、日本の未来を救った救世主です。薬品の被験も務めてくれて、国から感謝されるでしょう」
「そんなの、間違っている」
ハルトは声に怒りを込めていた。それは珍しいことだった。
「ハルトくん、あまり怒らないほうがいいですよ。おそらく、君が一番のネックになるとはわかっていたので、こちらだって手を打っていないはずがない」
「え?」
得意そうに施設長はスマートフォンを取り出した。そこには、ハルトの子供が二人、映っていた。どこか、狭いところに閉じ込められている様子だ。
「っ! どういうことだ!」
「君が、今回のことを公にせず、今後も口を閉ざすという約束をしてくれれば、子供たちに被害はない。でも、それが守れないなら、どうにかしなければならない。忘れてもらっては困るが、今回の取り組みは国の少子高齢化対策の一つだ。つまり、君たちは国に頼れないということだ。警察も、役所も、裁判所も、何もかもだ」
施設長は、少しずつ声が大きくなり、最後には演説をしているような口調になった。自分にまかせられた仕事に、酔っているのかもしれない。いかれているとしか思えない。
「んあ、ああ? おい、お前何してる」
大男が、ハルトのスマートフォンに気付く。
「生配信です。今の施設長の言動は、全てインターネット上に投稿されました」
ハルトがスマートフォンを取りだして、施設長に向けた。
「まだ配信されていますよ。施設長、生配信です」
「そんなことをしても無駄だぞ」
施設長は顔を真っ赤にした。さすがに、配信されているとは思っていなかったのだろう。大男がずいっとハルトに近づき、スマートフォンを奪う。
「悪知恵働かせやがって」
大男がハルトのスマートフォンを施設長に渡す。施設長はスマートフォンを操作して、ふっとため息を吐いた。
「もう遅いと思いますよ。拡散力舐めないほうがいい!」
ツムギがハルトよりずいぶん後ろから大きな声を出す。施設長はツムギには目もくれず、紅潮していた顔色も戻っている。一瞬興奮しただけのようだ。
「まあ、予定よりはずいぶん少ないですが、実験の効果は得られたのでよしとしましょうかね。被験体として、イワオさんだけ一緒に来てもらうことになりますが……」
「そうは……」
いかない、と続けたハルトの声が小さくなった。施設長のすぐ隣に、イワオさんが出てきたからだ。
「イワオさん! どうして」
「セツコさんに手を出さない、という約束でついてきてもらうことになりました。カズコさんは何であんなにお強いんですか? 車椅子に乗っていたから余裕かと思ったのに、連れてこれませんでしたよ、まったく」
「ユイちゃんは?」
そこへ、もう一人歩み出てきた。
「ごめんね、みんな」
それは、赤ちゃんトメさんを抱いた、ユイちゃんだった。
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