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正義を貫く覚悟はあるか6


「え?」
 室内の全員が鮗さんに注目する。
「どういうことですか?」
 私が聞くと、鮗さんは「あ、いや何でもない」と小さな声で言う。
「何でもなくないですよ。なんて言ったんですか?」
 私は、気になって追及した。室内にいる人たち全員が、鮗さんを見ている。
「いや、ただ僕は、刑事さんが、どうして荷物検査なんかするんだろうと不思議に思ったんだよ。だって、烏鷹さんは毒で亡くなったんだろう? それなら、凶器を探しているわけじゃない。化粧品の蓋まで開けて確認しているってことは、烏鷹さんを死に至らしめた毒を入れていたと思われる容器が見つかってないってことなのかな、と思っただけだよ」
 小さな声でささやくように私に向かってしゃべる鮗さん。室内はしんと静まり返った。刑事の男がため息を吐く。
「仰る通りです。えっと、鮗さん、でしたっけ?」
 刑事に正面から見つめられ、鮗さんは顔面を硬直させた。
「はい。ITベンチャー、クルパノドンのCEO、鮗真雄流です。今日は烏鷹社長に招かれてホームパーティに来ていました」
 すっかり黙ってしまった鮗さんに代わって私が説明した。
「鮗さんの仰る通り、烏鷹氏を殺害したと思われる毒を入れていた容器が見つかっていません」
 渋々、といった感じで刑事が言った。
 私は、どういうことだろう、と思う。毒はニコチンだと言っていた。ニコチンと言ったら、煙草だ。煙草が見つからないということか? でも、煙草ごと烏鷹さんに食べさせてしまったのなら、容器なんかなくたって当たり前じゃないか。それに、私たちがマンションに来る前に誰かが烏鷹さんにニコチンを食べさせて、それを持ってすでに逃げていたのなら、容器なんか見つかるはずがない。
「毒を入れていた容器、というと、具体的にどういったものなのですか? ニコチンって、葉っぱですよね?」
 小林さんも不思議に思ったのか、刑事に聞いた。
「ニコチンと聞くと、煙草の葉っぱを思い浮かべますよね。しかし、今回烏鷹氏の殺害に使用されたニコチンは、液体なんです」
「液体?」
 扇さんが怪訝そうな顔をする。
「あなたは電子タバコをお吸いになるから、ご存じじゃないですか? ニコチンリキッドというものを」
 ニコチンリキッド。私は、初めて聞く言葉だった。
「ああ、電子タバコにニコチン入れたい人が使うやつですよね? 聞いたことはありますけど、日本では売ってないんじゃないんですか?」
 扇さんは、ニコチンリキッドというものを知っているらしい。
「それが、個人輸入で簡単に手に入るんです」
 刑事は、表情を変えずに言った。
「だから容器が必要なのか……」
 私は思わず口に出した。刑事がじろりと見てくる。
「あ、すいません」
「仰る通りです。煙草のような固形物ではない。液体の毒物です。何かしらの容器に入れて持ち込まなければ、烏鷹氏を殺害できません」
「あの、私たちが来る前に烏鷹さんはすでに誰かにニコチンを飲まされていて、その犯人が容器を持ち去って逃げた、ということはないんですか?」
 私は刑事の眼光の鋭さに少し怯えながら言う。社内で多少のいざこざがあったとしても、この中の人たちが烏鷹さんを殺したとは思いたくない。
「鈴木さん、でしたね。我々も、それはもちろん考えました。マンションの防犯カメラはすでに確認済みです。今日、あなたたちが来る前には誰もこの部屋には来ていません」
 私は、ふと思い出す。
「あの、デリバリーの配達員が来ましたけど……」
 刑事がまたじろりと見てくる。
「もちろん、確認済みです」
 何をどう確認したのか、そこまでは私たちには教えてもらえないようだった。
「荷物検査の続きをしてもよろしいですか?」
 刑事は、壁にもたれている月見里さんを見た。月見里さんはふらりとテーブルのほうへ来て、ハンドバッグから私物をテーブルに並べる。スマートフォン、財布、ハンドタオル、ポケットティッシュ、ウェットティッシュ、鍵、ポータブル充電器、ワイヤレスイヤホン、制汗スプレー、ポーチ(コンシーラー、ファンデーション、フェイスパウダー、口紅、リップグロス、リップクリーム、ハンドクリーム、爪切り、毛抜き、ヘアピン複数、チーク、ハイライト、コンパクトミラー、コーム、目薬二種類、鎮痛剤)
 順番に並べられていく私物を見ながら、どこにも液体なんて入りそうにない、と私は思った。さっき扇さんの荷物検査のとき、刑事は目薬を調べると言っていたから、月見里さんの目薬も調べるのだろうか。そもそも、ニコチンってどのくらいの量で死ぬのだろう。ほんの数滴で死ぬのなら、目薬に入っている可能性もなくはないのか。
「目薬を調べさせてください」
 案の定、刑事は言った。
「はい」
 月見里さんは目薬を刑事に渡す。刑事はバッグを隅々まで調べて月見里さんに返す。月見里さんは、私物をバッグにしまっていった。
「では、次はあなた方」と言って刑事が私と鮗さんを見る。鮗さんが、ジャケットのポケットからスマートフォンと財布と家の鍵を出す。
「これだけです」
 たしかに、鮗さんはほとんどいつも、手ぶらだ。刑事が私を見るから、私は自分のバッグから物を出していく。スマートフォン、鍵、財布、ハンドタオル、iPad、ポーチ(リップクリーム、フェイスパウダー、コンパクトミラー、口紅)。もちろん、液体なんて持っていないし、液体が入りそうなものも持ってはいない。それでも刑事は、リップクリームの蓋まで開けて確認していた。そんなところにどうやって液体を入れるっていうのだろう。刑事は本当に何でも疑うのが仕事なのだな、と思わずにはいられない。
「ベンチャーの社長さんということでしたが」
 刑事が話し出す。
「烏鷹氏と何かトラブルなどはありませんでしたか?」
 能面のように無表情な鮗さんはしゃべる気配がなかったから、私は仕方なく「そういったことはありません」と答えた。
「起業当初から投資していただいておりまして、烏鷹さんからの投資は大変ありがたいものです。感謝しかありません」
 自分の無実は自分が一番よく知っているのに、強面の刑事に見つめられると声がうわずるのを感じる。こんな顔で追いつめられたら、えん罪でも認めてしまいかねない、と気を引き締める。
「では、もう少しお待ちください」
 刑事が部屋を出ると、全員が同時にため息をついた。
 
「社内では、外から見えない人間関係があるものですね」
 私は小声で鮗さんに話しかけた。
「そりゃあ、そうだろう」
「鮗さんも、この中に犯人がいると思いますか?」
「わからない」
 どこかの知らない人がいつの間にか烏鷹さんに毒を飲ませて、いつの間にか去っていったのならどんなに良いのに、と思った。でも、そんなことはないのだ。私たちが来る前には誰もこの家に来ていないと言っていたし、刑事の態度からして、きっとこの中に犯人がいると疑われているのだろう。私は違うし、鮗さんってことはないだろうから、小林さんか扇さんか月見里さんの三人の誰かだ。私から見れば、誰も疑わしくないし、逆に言えば誰でもが疑わしく見える。
 このとき初めて、救急隊員を呼びにいった鮗さんが「不審な動きをする人がいないか見ておけ」と言っていた意味がわかった。鮗さんは、あのときすでにこの中の誰かの犯行である可能性を考えていたのだ。私はよく思い出してみる。鮗さんが救急隊員を呼びにいっていたとき、液体を入れられそうなものをどこかに隠せた人、もしくは破棄できた人はいただろうか。小林さんは烏鷹さんの背中をさすっていたし、扇さんはそのすぐ後ろで立っていた。月見里さんは壁によりかかって立っていた。三人とも、それ以上の動きはなかった。小林さんが烏鷹さんの衣服の中に隠したとか? いや、そんなの、警察に見つかるに決まっている。そもそも、液体を入れる容器とはいったいどんなものだろう。小瓶みたいなものか。小林さんのスリングショットは、どうして刑事に持っていかれたのだろうか。まさか、あれで毒を烏鷹さんの食べ物や飲み物に飛ばして入れたなんて思っているんじゃないだろうか。漫画の世界じゃないんだから、そんなことがうまくいくはずないのに、もし本当にそんなことを考えているのだとしたら、日本の警察はミステリー漫画の読みすぎだ。
 小林さんと扇さんと月見里さんは、黙ったままお互いの顔を見ずにいた。社内の噂がそれぞれ本当だったことを、自分たちの中で反芻しているのだろうか。
 気まずい沈黙が部屋に充満した頃、さきほどの刑事が部屋に入ってきた。
「男性と女性に分かれて、身体検査をしてもよろしいでしょうか」
 部屋にいた全員が刑事の顔を見た。
「持ち物から毒物が出なかった、か」
 鮗さんが、またひとり言のようにぼそりと呟いた。
 
 

7へつづく

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秋谷りんこ(あきや・りんこ) おもしろいと思っていただけましたら、サポートしていただけると、ますますやる気が出ます!