寂しさの正体を知ったら、一人が楽しくなりました。
「最近誰とも会ってない」「友達がいなくて寂しい」
そんなふうに感じること、ありますよね。
でも私はずっと、“一人はダメなこと”だと思っていました。
誰かと話したあと、その場面が頭の中で何度も勝手に再生されていました。
「今の言い方、変じゃなかったかな」
「少し黙ったあの間、何かまずかったのかもしれない」
一度浮かぶと止まらなくて、同じ会話を何度もやり直してしまいます。
気づけばもう終わったはずの場面にずっと立ち尽くしていて、頭の中だけがそこに取り残されていました。

早朝に窓をピカピカに拭いている時にふと頭をよぎった言葉があります。
「10年後には何人連絡をとっているのだろう?」
窓を拭く手を止めて、その答えを考えてみました。
ほぼ名前があげられませんでした。
その時に私のなかで何かがゆっくり崩れ落ちていった気がしました。
でも一人なら、時間も行動も全部自分のペースでいい。
それだけで、心が少し静かになるのを感じました。
それから、ゆっくりと気持ちが変化していきました。
一人でいると、少し呼吸が楽になる
大人になり一人で行動するようになり気付いたことがあります。
それは、「誰にも縛られなくてもいい気軽さ」です。
前は
「遅れるかもしれない」と気持ちが焦るとひとりバタバタ部屋を駆け巡っていました。
それだけで私の心は慌ててしんどくなります。
本当に楽しみだったの準備だけで心はくたくた、家に帰る頃にはぐったりとして、崩れ落ちていました。
でも一人なら、時間も行動も全部自分のペースでいい。
それだけで、心がほっと一息つけるような時間が作られていきました。
そもそも遅刻という言葉も、誰かと約束をして初めて生まれる言葉なのです。
あの頃の私は、“人に合わせること”が当たり前だと思っていました。
誰かの顔色に、もう振り回されなくていい
以前の私は、相手の顔が少しでもこわばると、その後何時間も気になっていました。
帰ってからも何度も会話を思い返してしまい、頭の中がその場面でいっぱいになることもありました。
でも一人の時間が増えると、そういう「相手の反応を気にする時間」が少しずつ減っていきました。
それだけで、心が穏やかになり心地よくなりました。
今思い返せば、
私は“一人が好き”になったのではなく、ただ人に合わせ続けることに疲れていただけでした。
だから、これからの人生の中で、
本音を話せたり、自然体で付き合える
そんな素敵な出会いがあれば、自分のペースで付き合いたいなと思いっています。
でも、一人の時間も大切にしたいと思っています。
もし、あなたが今一人で寂しいなと思ったら、「なぜ寂しいのか」を考えるだけで気持ちが落ち着くかもしれません。
私は、寂しさの中にいたつもりだったけれど、
本当は、少しだけ心を休ませる時間が必要だっただけなのかもしれません。
