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心配は悪じゃない愛情として抱えながら生きる



私の会社はポジティブな教えを大切にしている。
「心配は悪」「心配すると現実になる」
ずっとそんなことを教えられてきた。

でも、そんなことを言っている
社長が、とっても苦しそうに見える。

楽しそうで幸せそうに見えたら違うのかもしれないけれど、
無理している感がいつも伝わってくる。

暑い日に「暖かくって気持ちいいねぇ」
と、言っても、
愚痴も言わないようにがんばっている。

真夏に言われた時は、みんな引いてしまった(笑)

でも、心配も愚痴も、
自然な感情だと思う。

「心配しちゃダメ」と思うほど
無意識に心配は増えると思う。

お店の会員様で、
お子さんがいらっしゃらない方がいる。
本当は子どもが欲しかったけれど、
できなかったと話してくれた。
その代わりにペットを飼っている人がいる。

ペットが病気になった時に、
スピリチュアルの先生に
「あなたが心配したから病気が悪化した」と言われて苦しんでいた。
とっても苦しそうだった。

心配するって愛情でもある。
自然な感情である心配を、罪悪感として扱ってしまうのは、なんだか少し違う気がする。

そんなことを先生に言われて苦しむなんて、悲しすぎる

そして、悔しい気持ちが込み上がってきました。


心配ごとにずっとフォーカスするのは、やはり良くないと思う。
確かに集中したら、もしかして念が飛びそうな気もする。

でも、自分の本当の気持ちに嘘はつけないと思う。

それなのに普通の顔をしているのは、
苦しくなって当然だと思う。

心配は悪ではない。
愛情の表れで、自然な感情。
でも、抱えすぎず、自分の生活や心。
守りながら付き合うことができる。

そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなる。
心配しながらも、
自分を大事にすることはできるんだと思いました。

読んでいただきありがとうございました✨🙇‍♀️✨

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