見出し画像

やってはいけない、映画「マイケル」と「ボヘミアン・ラプソディ」の比較

マイケルを鑑賞してきた。

なかなか素晴らしい映画だった。

主人公のマイケル・ジャクソンを演じるジャファー・ジャクソンの演技が素晴らしく、特にダンスシーンは圧巻だった。

よくもあれだけ練習したものだと思える。

血の滲むような練習をしたのだろう。

国宝で主役を演じた吉沢亮を彷彿させる。


ぼくはこの映画を観て、やってはいけないのに、どうしてもやってしまうことがある。

それはボヘミアン・ラプソディとの比較だ。

本当にナンセンスだと思うが、どうしても思考がその方向に走ってしまう。


ボヘミアン・ラプソディに対して、マイケルはステージシーンを長くして、エンタメに重きを置いていたように思える。

ボヘミアン・ラプソディは、主人公が悩み、葛藤する姿をふんだんに描いてくれた。

悩んで、悩んで、壁にぶち当たって、その葛藤の行程を観続けてきたから、迫力満点のラストのステージシーンに感動を受ける。

たいへん失礼なことを言うが、マイケルにはその行程がない。

いや、あるにはある。

ただ、ボヘミアン・ラプソディと比べると、やや薄い気がしてならない。


マイケルは子供の頃から、父親の抑圧を受けて育つ。

マイケルがスターの階段を駆け抜けて行く傍らから、彼を金儲けの道具として扱い、束縛しようとする。

マイケルはその呪縛から逃れるために、ある決断をする・・・。

確かに何度も葛藤する行程はあった。

映画の中でも、丁寧に描かれていたと思う。

しかし、どうしても比較してしまう。

ボヘミアン・ラプソディの中で主人公が、闇を彷徨うような葛藤に対して、マイケルのそれはどうも軽く見えてしまう。

だから、ダンスシーンばかりが印象に残ってしまう。


もちろん、比較しなければいい。

圧巻のダンスシーンを楽しめばいい。

なぜこんな意味のない比較をしてしまうのだろう。

おそらく同じミュージシャンの半生を描くストーリーだからだろう。

ミッションインポッシブルと007を比較するように。

アベンジャーズとジャスティスリーグを比較するように。

それぞれの作品にはそれぞれの良さがあり、それぞれの世界観がある。

それを比較するなんて、バカげた話だ。

そんな人は映画を観る資格がないんだろうな。

反省します。

いいなと思ったら応援しよう!

鈴々堂 / 昭真 小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。