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その意味を知らずに使っていた言葉

その意味を知らずに使っていた言葉があった。

例えば「ご愁傷様です」だ。

告別式で遺族に挨拶をする際に使う言葉だが、「〜様」というフレーズが、「お疲れ様ー」というニュアンスと重複して、どうも軽々しく思えてなかなか使えなかった。

「愁傷」とは、人が亡くなったことを嘆き、悲しむことを意味するらしい。

さらに「様」を付けることで、相手の悲しみを少しでも和らげたいという願いを込めるらしい

だから、「お疲れ様ー」の「様」も、相手の疲労を和らげたいという願いが込められる。

恥ずかしながら知らなかった。



「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」の「ご鞭撻」。

この言葉は、相手からの指導や励ましを丁寧に願う意味があるらしい。

この言葉にさらに「ご指導」という言葉を組み合わせて、厳しくともどうぞ指導をしてください、と言うニュアンスを強調させている。

恥ずかしながら知らなかった。

最近では手紙を書くことがめっきり無くなってしまったが、書き出しに使う言葉「拝啓」。

これと同じニュアンスの言葉として使われる「敬具」。

この言葉についても調べてみた。

拝啓には「これから謹んで申し上げます」という意味があり、 「拝」「敬」は相手を敬い、「啓」「具」には「申し上げる」という意味がある。

文章の始まりに「拝啓」を使い、 「敬具」は結語として使われる。

恥ずかしながら知らなかった。


「老婆心」、この言葉の意味はなぜか知っていた。

この言葉は仏教用語で、老婆が子や孫をいつくしむように、「師が弟子をいつくしみ導く親身な心遣い」や、「必要以上に世話をやこうとする気持ち」をへりくだって表す。人生経験が豊富な年配者が、目下の者に対して使う言葉だ。

実はビジネスメールをぼくより年下の人からもらった時、この言葉を使っておられた。

明らかな引用ミスだ。

彼はこと言葉の意味を、深く理解していなかったようだ。



人伝に聞いて慣例的に使っている言葉はまだまだある。

その意味を理解して使わなければ、どこで、誰に対して、恥をかくかもしれない。

ぼくはいい歳になってしまった。

もっと日本語の勉強が必要だ。

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鈴々堂 / 昭真 小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。