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ぼくに人を感動させられる訳が・・・ それでも書き続ける

ぼくが書くエッセイは誰に向けて発信しているのだろうか。

ふと、そんな思いに捉われる時がある。

何か焦点がぼやけてしまっているような・・・

それじゃ、誰の心にも響かないんじゃないか・・・

ぼくの心が迷走し出した時、妻から言われたことがある。

メッセージを伝えたいエッセイを書く時は、誰か一人の人をイメージして書いてみではどうかと。

確かにそうだ。

ぼくは具体的な誰かに向けて、エッセイを書いたことがない。



妻の言うようなエッセイを書いてみようとトライしてみたが、それがなかなか実践できない。

全くやる気がなかった訳ではない。

しかし、どうしてもできない。

ぼくには、一人の人をイメージすることが難しい。

身近にいる人をイメージすることは簡単だが、そんなエッセイを読者の方々に興味を持ってもらえるかどうか、どうも不安になる。

それだからと言って、見知らぬ人をイメージしたとしても、空想の世界の人のことを深く理解していないから、結局は複数の人に当てはまるメッセージになってしまう。

一人の人に向けてメッセージを発信することが、こんなに難しいこととは思ってもいなかった。

なんだかんだと今まで通りのエッセイを書き続けてしまっている。



誰かの心の奥底に届くようなエッセイを書きたい。

その思いは消えていない。

しかし、よくよく考えるてみると、たった一人の人も感動させられないやつが、たくさんの人の心を動かせる訳がない。

簡単な理屈だ。

それじゃ、何を書こうと八方塞がりだ。

どうすればいいのか。


人を感動させようとしたって、ぼくにその器がないなら、とても無理だ。

一人に向けてエッセイを書けないのは、ぼくが人の心理を深く掘り下げる能力がないからだ。

人の気持ちを理解し、心理を分析することができるなら、書けることはたくさんある。

まずは人として成長しよう。

還暦にはなったが、ぼくなんかまだまだ半人前だ。

もっともっと人間味があり、洞察力があり、人を思いやることができる方々がおられる。

ぼくがもしそんな人になれたなら、多くの人の心を動かせるエッセイが書けるかもしれない。

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鈴々堂 / 昭真 小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。