セツ編四章 親との別れと静かな覚悟
前のお話
いつかウチも土に還る時がくるのじゃろ?その時までは笑って生きていきたいの
季節がいくつか過ぎ、セツの暮らしにも落ち着きが訪れていた。
村の仕事を覚え、畑の手伝いも一人前にこなせるようになった頃――
いつも笑顔で支えてくれていた両親の身体に、少しずつ衰えの影が見え始めた。
最初は「疲れが取れにくいだけ」と母は笑っていた。
しかし、ある冬の終わり頃、母が倒れた。
それは病というよりも、寿命という言葉がふさわしいものだった。
長年、家族を支え続けてきた優しい人の命が、静かに尽きようとしていた。
セツは母の枕元に寄り添い、冷たくなりかけた手を握った。
「……おっかあ、もう喋らんでええからね。ゆっくり……」
母はかすかに笑い、震える指先で娘の頬を撫でた。
「セツ……おまえは、ようやっとるよ。父さんのこと、頼むね」
その声が、彼女の耳に届いた最後の言葉だった。
母の葬儀を終えたあと、父は静かに涙を流した。
けれど翌日には、気丈に田畑に出た。
「働いとる方が、気が紛れるでな」と言いながら。
その背中を見て、セツは「おっとうも無理をして…本当に強いな」と思った。
だが、季節が一巡した頃、今度は父の方が体を壊した。
それでも彼は、息が続く限り鍬を握り続けた。
そして、ある日の夕暮れ。
畑の端で座り込んだ父は、夕日に照らされながら穏やかに微笑んでいたという。
「……おっかあのところ、行ってくるでな」
その言葉が、セツの記憶に焼き付いている。
父の亡骸の前で、セツは泣き叫ぶことはなかった。
ただ静かに、両手を合わせた。
「おっとう、おっかあ。ここまで育ててくれてありがとう」
それは感謝と同時に、別れの祈りでもあった。
その夜、焚き火の灯りの中でひとり座るセツの横顔は、子供のそれではなかった。
悲しみの奥に、どこか澄んだ決意があった。
――これからは、ひとりで生きていく。
だけど、もう怖くはない。
二人がくれた温もりは、確かに自分の中にあるから。
翌朝、夜明けの光を浴びながら、セツは鍬を手に取った。
土を踏む音が、まるで新しい人生の始まりを告げるように響いた。
しみじみと続きます。
