「クチャクチャ音」が嫌いな私が、ある女性の咀嚼音だけは嫌じゃなかった話
あなたは、他の誰かが物を食べるときに発する
「クチャクチャ音」
を許容できる人だろうか?
それとも、
自らその音をたてるタイプだろうか?
ガトーフェスタハラダの
“グーテ・デ・ロワ”をお土産に貰った。
この商品名の意味は分からないが、要するにラスクだ。原材料を見ると、小麦粉、バター、砂糖などの必要最小限の材料でできている。
誰もが一度は目にしたことはあるだろう、赤と白と青の袋に入った、シンプルな秀作だ。
クチャクチャ・・・
クチャクチャ・・・
職場の休憩室で“グーテ・デ・ロワ”を食べようとしたところ、左横に少し離れて座っている知らない男性が、音を立ててロールパンを食べていた。
耳の奥を、小さな虫が這いずり回るかのようである。
自らの耳を引きちぎりたい。
人の奏でる咀嚼音が嫌いな私だが、先日、
私自身が、
カナダのシェアハウスで豪快な音を立てて蕎麦をすすってイタリア人に怒られた記事を書いたことを、同時に思い出していた。
ラスクの袋を開け、
一口かじると、
ガリッ
と、砂糖で固められたキラキラの薄い美しい小麦粉の板は、なかなか派手な音を立てた。私は思わず肩をすくめた。
(周りの人の耳障りになっていないだろうか…?)
ほんのりと、甘い。
共用の休憩室は、割と静かだ。
施設内の各テナントの従業員達がお互いに気を遣い合うこの空間には、皆が快適に過ごせるように、暗黙の了解がある。誰かが「このようにせい、」といったわけでもない。英国憲法のような不文律である。
プツッ
プツッ
プツッ
隣から、今度は聞き慣れない音が聞こえてきた。それとなく視線を向けると、さっきの男性がフロスを歯の隙間にねじ込んでいる音だった。
休憩室で、
それをやるのか。
すると、右側から
ズルズルッ
ズルズルッ
と音が聞こえてくる。
誰かがカップラーメンを食べている。
この音はなぜか、まったく気にならない。
カサカサ。
ガサゴソ。
私が座る席の後方からも、音が聞こえてきた。背中側からなので、私からは見えない。どうやら袋に入った何かを取り出しているようだ。こちらの音もまた、気にはならない。
ふと疑問が浮かんだ。
「音が気に障る」
というのはどういうことなのだろう?
それは音そのものだけでなく、その音を受け取る側の問題でもある。
麺類をすする同じ「ズルズル」は、日本では日常的に耳にする音だし、ラーメンを食べるにもこれが無かったら美味さは半減する。が、カナダに飛べば瞬時に不快な音となる。
休憩室で袋をあさる「カサカサ」は気にならなくても、図書館だったら神経に障るかも知らない。
私が昔実家で飼っていた死んだワンちゃんは、コンビニ袋の「カサカサ」を聞くと、嬉しそうにしっぽを振ってヨダレを垂らすクセがあった。
何か美味しいものを貰えると思っているのだ。
犬にとってのカサカサ音は、
“ノイズ”ではなく、
“希望の到来”であった。
ワンちゃんは食パンが一番の大好物で、
与えるとピチャピチャ音を立てて、大喜びで食べる。
ある日、先輩の女性が職場のバックヤードで休憩中に食事をしていた。
意外なことに彼女も、少し口を開けて
クチャクチャ、と微かな音を立てていた。
なのに、私は不快感を感じなかった。
むしろ、
(なんかかわいい)
と思ったのだった。
快と不快の境界線は、一体何が決めている?
肉体と心に、
本来、境界線を引くことが出来ない事に、
どこか似ている──。
