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50メートル走で私に起きた怪事件

子供の頃、通学路で子犬に追いかけられ、全力で逃げているうちに足が速くなった。

時には脇道から、時には背後から、時には真正面から、散歩中の子犬が弾丸のように飛びかかってくるのだから恐ろしい。私は噛まれるのが怖くて絶叫しながら逃げた。

そんな私を不思議そうに眺めるひとりの女の子がいた。逃げている最中、その女の子と一瞬だけ目が合ったが、子犬の猛追から逃れることしか頭になかった私は、何か言いたそうな彼女を残してあっという間にその場から走り去った。

そうして走り続けているうちに、さっきまで背後にあった犬の気配がこつぜんと消えたのである。変だと思って振り返ると、女の子が道に膝をつき楽しそうに子犬を撫でまわしているではないか。子犬のほうも喜びを爆発させ、彼女の顔を舐めたりじゃれついたりしている。

ハッピーオーラに溢れた朝の光景にショックを受けた私は、ただぼうぜんと立ち尽くすしかなかった。

さて、子犬に追いかけられて足が速くなった私は、50メートル走の選手として市の大会に出場することとなった。確か小学校六年の頃である。

代表に選ばれるなんて生まれて初めての経験だったから、とても誇らしい気分になり、放課後の練習にもがぜん熱が入った。

周りの友達はさらに足が速かった。なにせ私以外はみな陸上部だったから、速くて当然だ。私は友達と比較するのをやめ、自己ベストを出せるよう頑張ろうと頭を切りかえた。

放課後の練習では一度だけ自己ベストを出せた気もするが、その後は走っても走ってもタイムを更新できず、不安を残したまま本番を迎えることになった。

大会当日。

知らない小学校のグラウンドで、私は小さくなっていた。友達にも勝てたことがないのに、こんな場所で勝てるはずないではないか。他の学校の選手たちが訳もなく強く見え、脳内にはあきらめムードが霧のように漂っていた。

ハッ、いかんいかん!そんな弱気でどうする。そうだ!もしかしたら私のいるグループは比較的足の遅い子たちが多く配置されているかもしれないぞ。結果なんてやってみなきゃわからない!私は運を天に任せることにした。

「位置について、、、ヨーイ」

パーーン!!

うわああああ!!!!

一歩踏み出したその瞬間、私にはわかってしまった。みな速いと。世の中そんなに甘くないと。ぐんぐん上がるスピードに腰が抜けそうになりながら、それでも自分のまだ見ぬ力を信じて必死の形相で腕を振った。しかし意に反して身体はどんどん重くなっていく。まるで地面が私の足首をつかんでいるかのようだ。

ぐぬぬぬーー!!!!

死に物狂いで走り続ける私に、新たな事件が勃発した。余計な力を入れ過ぎたせいか、なんとオナラが止まらなくなってしまったのである。

な、なんてこったーーーーーーー!!!!

これがお笑いグランプリ小学生部門和歌山地区大会であれば、まちがいなく優勝なのだろうが、今競っているのはタイムである。

負けたくない気持ちとは裏腹に空気となって抜けていく闘争心。力が入らず空回りし続ける足。みなの背中を追いかけながら私は予選落ちを確信した。こんなことになるなんて心底自分が情けなかった。そんな私をよそに、お尻はゴールまでのんきな調べを奏で続けていたのであった。


「さっき走ってる時なー、私、ずーっとオナラ出ててん!」

レース後、陸上部の友達に明るく打ち明けたが、複雑な表情で「あはは…」とだけ返された。友達なりに気をつかってくれたのだろうか。

順位は最下位ではなかったと思うが、はっきりとは覚えていない。

個人的にはこのレース、ブービー賞以外にないと思っている。



#創作大賞2025 #エッセイ部門

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イケグチリョウ|田舎暮らしの作曲家 さいごまで読んでくださってありがとうございます!