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kigurumi64
喜怒哀楽物語「人生の喜」
なぜ喜怒哀楽は、喜から始まるのであろうかと、自分なりに考えてみた。
これは、人生を現しているのではないだろうか?

若い時は、何をするにも、何をしていなくても、喜んでいた。と、思う。
健康であるし、不透明なのに不安になることもない。アメ村の三角公園で、何もしてなくて駄弁っているだけで、喜んでいた。
そういう喜びの時代を青春とも言うのかもしれない。
小学生では、何かを知ることが嬉しかった。
中学生では、何かをできることが嬉しかった。
高校生では、何もしなくても喜んでいた。
そこに、不安はなかった。
ただ、ドラムをやり続けるだけでも、喜びに溢れていたのだ。
面白かったなー!
今、振り返ると、そう思う。
そんな幼き喜びも、人生というものは無慈悲に打ち砕く。
他人はそれを自業自得と呼ぶ。私も自業自得だと認識している。
「人生の怒」に続く??
三羽さんの「喜怒哀楽物語」に参加させていただきました!
よろしくお願いします🤗✨
