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中森明菜の7インチコレクション(5枚)




スローモーション

82年5月1日リリース

A面「スローモーション」
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:船山基紀
B面「条件反射」
作詞:中里綴/作曲:三室のぼる/編曲:船山基紀

「スター誕生」の末期(欽ちゃんが司会をやめた後)は既に観てなかったので(「お笑いスター誕生」は見てた)、中森明菜がデビューしたのも知らず、よって「スローモーション」も知らず、「少女A」がベストテンに入って初めて存在を知ったわけだが、何かと比較される松田聖子との共通点としてはセカンドシングルでブレイクというのがある(松田聖子「裸足の季節」☞ 「青い珊瑚礁」=中森明菜「スローモーション」☞ 「少女A」)、あくまで結果論だが、松本伊代のようにデビュー曲が最大のヒットになってしまうパターンがありつつ、右も左も分からない1枚目でドーンと売れずに辛酸をなめた経験が一瞬でもあるのとないのとでは、その後に影響してくるだろう、かといって2枚目も売れないと本人が自信をなくす、スタッフもバタついてくる、コンセプトをいじり出してブレて定まらなくなってくる、とか負の方向へどんどん傾き始めるような気もするので、2枚目で売れて良かったと思える

「スローモーション」イントロからエンディングまで完璧な名曲、現在では「少女A」よりこちらの方が好きな人が多いかもしれない、しかし当時は売れなかった(オリコン30位☞ 並のアイドルであれば、このランクでヒットに換算する場合もアリ)、単にいい曲というだけでは売れないのが歯がゆい、逆にいい曲過ぎたのかもしれない、要は下衆いインパクトが足りない、ということで「少女A」につづく… が、B面「条件反射」で既に百恵路線は試されている

2ヶ月後の7月1日にファーストアルバムプロローグ〈序幕〉がリリースされているが、方針としてはデビュー前にアルバム用の10曲を作ってみて、その中からシングルを選ぶという方法がとられたようで、シングルだけで消え去るアイドルもいる中、最初からアルバム用の予算も組まれ(LAへの旅費も含め)、力の入れ具合が窺えるところだが、それを踏まえてアルバムを聴いてみれば、どれが中森明菜に適しているかの答え探し、試行錯誤の10曲という散漫な印象、「スローモーション」に決まるまでも4曲位に絞られて様々な調査が行われたようだが、個人的には来生姉弟による「あなたのポートレート」「スローモーション」の2択しかなかったかと

「スローモーション」はジャケ違いが存在(見本盤のみ)、以前ユニオンで見た時は2万円くらい、ヤフオクではそこまでいかないものの、間違いなく高値になる(よって当然のように未入手)




少女A

82年7月28日リリース

A面「少女A」
作詞:売野雅勇/作曲:芹澤廣明/編曲:萩田光雄
B面「夢判断」
作詞:中里綴/作曲:三室のぼる/編曲:萩田光雄

セカンドシングル、オリコン最高5位
「スローモーション」
は名曲だったが、ベストテン入りは出来なかったため、思い切って路線変更したと思われる、元々準備されてたのはタイトルからいって「セカンドラブ」だったのかもしれないが、売野雅勇が閃めいた「少女A」というキャッチコピーが持ち込まれた時点でシングルに優先されたのは容易に想像できる

明菜自身はこの路線に反発、嫌々歌ったテイクワンが採用されたとの都市伝説、ジャケ撮影時までふてくされてたのか、コンセプトに寄せて敢えてその様なカットを選んだのか、いずれにしろ、この曲がヒットし、あくまで結果的にだが、百恵路線による聖子への対立軸という様相を呈し、82年組のトップに浮上

オリコンでは10月4日付9位と意外にランクインが遅く、リリースした瞬間から火がつかず2ヶ月以上もかかり、このまま消える可能性もあったが、チャート上昇のキッカケは9月中に「夜のヒットスタジオ」「ザ・ベストテン」(スポットライト)に出演出来たためと思われる、確かに効果大、逆にこの2つの番組に出なければ注目されようもないと想像出来るが、それだけにまだ人気の出てない新人が出演することのハードルの高さも窺える(いやだって皆出たいですから、そこは水面下で熾烈な争いがあるわけで)

B面「夢判断」(アルバム未収録曲)に関して、並のアイドルであれば、これがA面でリリースされてしまう様な特に悪いところはない曲である、しかし逆に言えば特別良くも無い、現場で何かが足りないとディレクターがボヤき、作家やアレンジャーもこれ以上どうしていいか煮詰まってしまうパターンか




セカンドラブ

82年11月10日リリース

A面「セカンドラブ」
作詞:来生えつこ/作曲:来生たかお/編曲:萩田光雄
B面「鏡の中のJ」
作詞:三浦徳子/作曲:佐藤健/編曲:萩田光雄

初のオリコン1位、「少女A」の売野/芹澤コンビを連続させず、来生姉弟の王道路線も捨てがたく、「サード」シングルながらの「セカンドラブ」をリリース、結果的に「スローモーション」〜「少女A」〜「セカンドラブ」の流れで緩急交互に攻める形が功を奏し、他の82年組にますます差をつけることになり、結果的に80年代の擬似百恵路線(例「夢先案内人」〜「イミテイションゴールド」〜「秋桜」、明菜と同じく編曲は萩田光雄)で聖子への対立軸をより強めていく

明菜自身、「少女A」に反発しながらも大ヒットしてしまった手前、自分が好きな路線の「セカンドラブ」が売れなかった場合、完全に「少女A」ツッパリ路線に舵を切られてしまう懸念もあったが、その心配もなくなり、あとはジャケにある「明菜」のふりがながとれるのを待つだけであった(次の次のシングル「トワイライト -夕暮れ便り-」でやっととれる)

B面「鏡の中のJ」「少女A」路線を続けるならこんな曲、という過程で出来たと思われる如何にもな2番煎じ、Aの次はJ、悪くはないんですが、やはり「セカンドラブ」が神曲過ぎました




禁区

83年9月7日リリース

A面「禁区」
作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣、萩田光雄
B面「雨のレクイエム」
作詞:芹沢類/作曲:玉置浩二/編曲:萩田光雄

6枚目のシングル、細野晴臣提供曲「ハイスクールララバイ」のミリオンヒットを皮切りに83年の松田聖子と中森明菜の2大トップアイドルの大ヒット曲でピークを迎える、それでてっきりこれを書くまで日本作曲大賞(というものが一時あった)を獲ったものと思っていたが(松田聖子と一緒にステージで演奏してる唯一の機会)、YouTubeで確認したら大賞ではなく優秀作曲者賞であった、とはいえ誰もやってなかった松田聖子と中森明菜の曲を同時にヒットさせているインパクトは大で、同時期にYMO「君に、胸キュン。」のヒットもありつつ、テイチクの社長がすっかり魅了されてしまい、ALFAから細野晴臣の引き抜きを画策してしまう(これが¥ENレーベルの終わりの始まり)

「禁区」は最初に細野晴臣作ったデモがボツにされ、それがYMO「過激な淑女」に流用されたことが有名だが、今そのデモを確認出来ないものの「過激な淑女」に至るまでにYMOの他の2人の手も加わっているので、ボツ曲のままでもないのだろう、そして完成した「禁区」は中森明菜的には前シングル「トワイライト -夕暮れ便り-」では2位止まりだったオリコン1位を奪還し全く問題ないのだが、個人的にはあまり細野晴臣っぽくない仕上がりだと今では思うし(特にアレンジの違和感)、これ以降細野晴臣の中森明菜へのシングル提供曲がなかったのも頷ける(それでもアルバム含めれば提供曲は計4曲)

  1. 「禁区」作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣・萩田光雄

  2. 「ルネサンス -優しさで変えて-」作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣/編曲:萩田光雄

  3. 「モナムール(グラスに半分の黄昏)」作詞:売野雅勇/作編曲:細野晴臣

  4. 「100℃バカンス」作詞:売野雅勇/作曲:細野晴臣/編曲:瀬尾一三

細野晴臣と中森明菜、松本隆という後ろ盾もある松田聖子とのマッチングと比べると物足りなくなってしまうのは否めない、これは良い悪いではなく単に相性の問題だろうが、逆に改めて思うのは「過激な淑女」を中森明菜が歌ったらどうなるのだろうと、これは是非聴いてみたい、まーそんな機会はないんだろうけど(歌詞が女性向きではないし)、でも歌ったら結構ハマりそうな気がするのだが!
んでもってその逆、「禁区」をYMOが歌うということだが、これは「夜のヒットスタジオ」ビートニクスとして出演した高橋幸宏がオープニングのコーナーでちょっとだけ歌ったことがあった

B面「雨のレクイエム」に全く触れてないので追記、デビュー1年にして、この歌の表現力、既に歌姫でした、と感心する1曲

それにしてもジャケが歌の内容とチグハグだと思うのは自分だけでしょうか? 特に一致させる必要もないのだろうが、明菜の歴代シングルジャケの中でも異彩を放っているのではなかろうか




キャンセル(ゆうせん盤)

ゆうせん盤にジャケはなく白黒コピーの情報のみ、裏面に歌詞あり

A面「キャンセル」
作詞:売野雅勇/作曲:伊豆一彦/編曲:細野晴臣、萩田光雄
B面「ヨコハマA•KU•MA」
作詞:中里綴/作曲:南佳孝/編曲:萩田光雄

82年10月27日リリースのセカンドアルバム『バリエーション〈変奏曲〉』収録の2曲が有線放送用に7インチカットされた非売品

アルバムでも特に好きな2曲だったので、これは是非とも手に入れたかった、「キャンセル」はシングルでもおかしくない出来だし、「ヨコハマAKUMA」はシンセベースが効いたアレンジが素晴らしくNight Tempoもお気に入り、作曲した南佳孝にも是非セルフカヴァーしてほしいところ

今となっては信じがたいが、有線にわざわざ電話して自分の好きな曲をリクエストしてかけてもらうという文化があった(今もあるw)、しかも必ずかかるわけではないし、かかるとしてもいつかかるか分からない、しかも有線が設置されてる場所は各家庭というより、家の外のどこか(喫茶店など)というあやふやなもので自分はやったことがないし、やってる人も目にしたことはない、大抵はリクエストに関わらず新譜シングル盤を垂れ流してるだけでOKな状況だが、シングルではないアルバム曲のリクエストがあった場合もそれなりに対応しなければならない、あまりにもリクエストがある場合、アルバム曲はかけるのが面倒だから(係員が何曲目かを確認して針を落とさないとならないため)、このようにわざわざ有線が独断で?頭からかけるだけでよい7インチが作られることがある、いわゆるアーティストのディスコグラフィには存在しない7インチシングルがあるということです

このゆうせん盤が作られた時期だが、型番「YKS-069」の前である「YKS-068」が同じく中森明菜「約束 / リ・フ・レ・イ・ン」であり、その2曲が収録されているアルバムCRIMSONの発売が86年12月24日であることから、おそらく87年以降と思われる、『バリエーション〈変奏曲〉』の発売時である82年頃かと思ったのだが、違ったようである

スローモーションをもう一度ミックス

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