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♯7 石ころにも感動できる人と、素通りしていた僕の違い——視点が変われば、人生も変わる

【目次】
1. 息子が見つけた「宝物」──”視点”の違いにハッとした瞬間
2. 名著と音楽に学ぶ、”視点のもつ力”
3. 凝り固まった自分をほどくためにできる事




1. 息子が見つけた「宝物」──”視点”の違いにハッとした瞬間

日曜の午後、公園で6歳の息子と遊んでいました。
鬼ごっこして、アリの行列をじっと観察して。
ありふれたのどかな時間。

その途中、息子がふいにしゃがんで、石ころを拾いました。
「この石、持って帰る」

「え?石?なんで…?」
思わず聞いてしまう僕。

「だってこの石、ハートの形してるじゃん?
珍しいし、嬉しくない?」


えっ……ハートの形?

息子が見つけたハート型の石

言われてよく見ると、たしかに。
でも僕の心には、「とはいえ、ただの石だよな…」という思いが残っていました。

息子はそんなこと気にもとめず、ニコニコしながら石をポケットに入れました。
その笑顔が、なんともまぶしかった。



2. 名著と音楽に学ぶ、”視点のもつ力”

家に帰ってからも、ふとあの石のことを考えていました。

「同じものを見てるのに、なんでこんなに感じ方が違うんだろう?」

そんなとき思い出したのが、
名著『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著)に出てくる“絵”です。
見る人によって、老婆に見えたり、若い女性に見えたりする”絵”。

若い女性と老婆(W.E.ヒル作、1915年)

同じ絵でも、人によって、違って見える。
人は、自分が「見たいように物事を見ている」。
“視点”が違えば、世界の見え方そのものが変わってくる。

そしてもうひとつ。
僕の大好きなB’zのボーカリスト稲葉浩志さんのソロ曲「Wonderland」の歌詞に、こんな一節があります。

「僕がいつか捨てた ガラクタを磨いて
ぴかぴかの そいつを抱いて 君はただ笑ってる」


→物事の捉え方は、表裏一体。
誰かにとってのガラクタが、誰かにとっての宝物になる。


この石も、僕にとっては「なんてことないもの」だった。
でも、息子にとっては「ちょっと嬉しい、特別な形の石」。
小さな違いや偶然の形が、「世界の中から特別なものを、自分で見つけた!」という”発見の喜び”を感じたのだと思いました。
そして、なぜそれができるのか、それは、機能的かどうかのフィルターはなく、
感受性の強さ、遊び心の異常な強さが本質”
にあるような気がしました。
機能面で、物事を無意識に分けていた私とは、明らかに違う”視点”だと感じました(=私は、石ころは、機能的に価値がないと無意識に分けていた)



3. 凝り固まった自分をほどくためにできる事

息子の笑顔に出会って、僕はハッとしました。

「ああ、僕の”視点”は、ずいぶん凝り固まっていたんだな」

大人になると、どうしても機能とか効率とか正解とか、そういう“見慣れた視点”に縛られがち。
でも、気づいた瞬間から、視点を得るための努力はできる。

どうやったら新しい視点が持てるか。
・本/noteを読み、誰かの経験/価値観に沢山触れる
・ある物事に対し、真逆の考えも両方しっかり聞く
・今の自分の視点が当たり前という思い込みを一旦外す

視点がひとつ増えるだけで、
・日常の中に小さな喜びを見つけられる
・仕事でも新しいアプローチができる
・人との関わり方も、”なぜそう感じるのか”一歩寄り添い、少しでも優しくなれるかも

そんなふうに、生きる景色がじわじわ変わっていくのかもしれません。

当たり前の日常の中に、”拾えていない喜び”が沢山あるような気がします。



最後に

息子が拾ったあの石は、今でも彼の机の上に大切に置かれています。
僕にとっても、この石を見る度に、”視点”の重要性を再確認でにる、”特別な石”になりました。

「ただの石」に見えていたものが、こんなにも深く心を動かすことがある。
やっぱり世界は、“視点”で変わる。





最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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