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micho
【3つのお題に空想のひらめきを第37回】夜を渡る舟.光を抱く森.千年の余白|ショートショート
タイトル:千年の森に鳴る小さな舟
夜は、川だった。
人は眠るたびに、その川を舟で渡る。
夢と現のあいだを、音もなく滑る。
その舟を漕ぐのは、名前のない渡し守。
彼の舟には、いつも小さなオルゴールが積まれていた。
木目の優しい、掌サイズの箱。
舟が夜を切るたび、
カタン、とゼンマイがほどけ、
細い旋律が闇に灯る。
その音は、光を抱く森へ届く。
森は夜の奥にある。
木々は幹の内側に星を宿し、
葉脈にひそやかな光を流している。
そこには「千年の余白」があった。
誰にも書かれなかった時間。
誰にも思い出されなかった想い。
言葉にされなかったままの、やわらかな空白。
森はそれを大切に育てている。
ある夜、渡し守はひとりの少女を乗せた。
少女は胸にビスケットの缶を抱えていた。
丸くて、少し欠けた月みたいな形。
「どうして持ってるの?」と渡し守。
「おばあちゃんが焼いてくれたの。
忘れたくない味だから」
少女は眠りながら、缶をぎゅっと握っている。
舟が森に差しかかると、
オルゴールが鳴った。
いつもより、少しだけ高い音。
森の光がゆらめき、
千年の余白のひとつが、そっと色づく。
それは、ビスケットの匂いだった。
焼きたての、小麦と砂糖のぬくもり。
笑い声。
台所の窓から差し込む午後。
余白は、思い出で満たされる。
少女が目を覚ますころ、
ビスケットの缶は軽くなっていた。
中身は減っていない。
けれど、重さが変わっていた。
悲しみの分だけ、軽く。
舟は岸へ着く。
少女は現実の朝へ戻る。
渡し守は、また夜へと漕ぎ出す。
森の奥で、
新しい余白が静かに光を待っている。
オルゴールは鳴る。
夜を渡る舟は、
今日も誰かの光を運んでいる。
おしまい

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