休むために働く人たち、働く合間に休む私たち

八ヶ岳の美術館で働く私の仕事には、海外の美術館とのやりとりも含まれる。なかでも、忘れられない準備期間がある。アメリカ西海岸の美術館で自主企画の展覧会を開催しようとしていたときのことだ。

結果から言えば、展覧会は、現地のウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)電子版に大きく取り上げられ、成功した。だが、その裏で私と通訳が先方の "無差別バケーション攻撃" に右往左往していたことは、ほとんど知られていない。当たり前のことだけれど。

海外の美術館やギャラリーの担当者は、バケーションを優先する。いくらこちらが急いでいても別の担当者が出てきて「彼(または彼女)はいま、バケーションです」と言う。へえ。で、いつ戻るんですか、と尋ねると、「3週間後かな」と平然と返ってくる。

ちょうどコロナ禍だったことも影響していたかどうか、とにかく担当者の不在が多い。「西海岸だからですかねえ、東海岸ではこういうことはあまりなかったのですが…」と、ベテラン通訳も首をかしげていた。

不在でも連絡がとれそうなものだと日本人の場合、思ってしまうが、彼らは休みのとき、絶対に携帯もメールも使わない。リラックス優先なのだ。仕事の合間に休むのではなく、休みを楽しむために仕事をしているのだから。こっちは困るが、あっちが正しいと思うときもある。

予想以上に時間はかかった。だが、優秀な通訳のおかげもあって、先方の担当者とのコミュニケーションもなんとか軌道に乗り、展覧会自体は成功した。私と通訳が "無差別バケーション攻撃" に遭い困惑したことは、冒頭に書いた通りである。

日本でも働き方改革というキーワードが報じられて久しく、海外の休日事情が日本とかなり違うことが明るみに出た。たくさんの本が出版され、その事実が周知されてもいる。実際どうなのか、と、私も身近な外国人に休日の考え方と過ごし方を直接聞いてみた。皆、快く率直に話してくれた。

何が違うのか。どう違うのか。彼らの表情を間近に見ながら、じっくりと話を聞いてみると、海外との差が歴然となり、まず羨ましくなった。次に、なぜ日本の会社員はこんなに休みをとりにくいのか、釈然としない思いがこみあげてきた。

本を読むのもいいけれど、できれば直接話を聞いてみたい——そう思ったのには、もう一つ、個人的な理由があった。そのことは、また改めて書くつもりでいる。

休む・働くがはっきりしている人もあれば、遊びが仕事になっているから連絡ならいつでもどうぞ、というタイプの方もいるにはいる。いずれにしろ、私のように(必要以上に)真面目な日本人の場合、こちらが一方的に相手の都合に合わせていると、時差があるだけでもストレスになる。

なんで返事がこないんだ? いや、こっちの昼はあっちの夜だから仕方ないか。返事がほしいときは頃合いを見て催促することになるが、先に信頼関係を築いたうえで話を進めないと、やっかいなことになる。

英語にも、丁寧な、あるいは婉曲な表現というものがちゃんとある。そのことを理解する前の私は、英語はYes・Noをはっきり言うものだという原始人のような思い込みがあり、ずいぶん直接的な言い方をしてしまっていた。信頼関係ができていないのにストレートすぎる物言いをしてしまい、関係修復のほうに時間がかかってしまったことがある。

だから通訳に「もう少し婉曲にしたほうが通りやすいかも」とたしなめられることにもなる。「まだまだ修行が足りんのう、ワシも。」と、定年を数年後に控えた今になっても自戒しながら、コミュニケーションをとっている。

八ヶ岳の美術館で30年ほどしてきた仕事の、これも一部である。

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