月が見ていた夜──草むらで泣いた少年と父の物語
少年は、父親が怖かった。
会えば怒鳴られる。目を見れば責められる。
夏の肌寒い夜、草むらで一人過ごすことを決めた少年は、
親友のことを思い出し、人生の意味を問いかけ、
月の光に向かってそっと願った──
「僕の人生にも、春が来てほしい」
やがて夜が明けるころ、少年は家に戻る。
そこで待っていたのは、怒鳴る父ではなく、
初めて“自分の気持ち”を話してくれた父親だった。
月が照らした草むらでの一夜が、
少年と父を「本当の親子」に変えていく――
心がぎゅっと締めつけられる、再生と絆のショートストーリー。
真夜中に少年が草むらの方を向いて悲しそうな顔をしている。
季節は、夏なのに肌寒い。
「なんで父さんは、あんなに僕に怒ったんだろう?」
少年の父親は、少年の姿を見る度に顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。
少年は、父親が苦手だった。
「僕は、父さんと遊園地に行った事がない。父さんとはそんな状況にはならない」
今いる草むらには、たくさんの羽虫が飛んでいて時折少年の顔や腕にぶつかった。
「僕もここいる羽虫のように自由に飛び回りたいな」
だけど、現実からは抜け出せなくて人生という現実世界からは、逃げられない。
遙か昔から地球は、地球上の生物にその現実を突きつけてきた。勿論、人間も例外ではない。
「違う。僕が父親を苦手なだけじゃなくて父親も僕が苦手なんだ」
少年と父親の関係は、アフリカ系アメリカ人億万長者のクリス・ガードナー父子のようにはいかなかった。
「家に帰りたくないな」
少年は、草むらの中で一夜を明かす事に決めた。
ホームレスからハーバード大学生になった少女に比べたら大した事はないと思った。
「あいつ元気かなあ」
あいつとは、1か月前に転校した少年の親友の事だ。
少年と親友は、いつも磁石のS極とN極のようにくっ付いて行動を共にしていた。
少年は、親友が転校した現実が嫌で一緒に遊んでいる夢を見られたらいいなと思っていた。
「人生は、楽しい事ばかりじゃないって?でも、辛い事が多すぎるよ神様」
少年は、本気で神様を信じている訳ではないけど今晩だけは、神様に助けてほしかった。
「神様。僕の人生に春が来て幸せな人生を送らせて下さい」
少年が祈ったと同時に夜空の雲から月が顔を覗かせた。
少年の目には、この現象がとても神秘的に映った。
少年は、素直に単純に月の神様が自分を救う事を約束してくれたように感じた。
肌寒さも草むらにいる羽虫もゾーンに入った少年には関係なかった。
今この時だけは、少年と月だけの世界ファンタジーアニメを実写化したような世界だ。
子供だから?不遇だから?純粋だから?あなただって同じ状況なら祈るんじゃないのかい?
朝が来れば少年は、家に帰るだろう。学校に行かなければならないから。
だって、子供の頃は失敗が許される。子供の特権だ。だから、全世界の少年少女は、間違えてもいいんだ。
大人のように将来の事を心配しなくてもいい。思いっきり好きな事ができるんだ。
「よし、決めた!!父さんととことん話し合う。このままではいけない」
少年は、心の何処かで父親を信じていた。きっと僕を愛してくれている。
だって、父親は少年の誕生日に黒毛和牛のサーロインステーキを御馳走してくれるのだから。
早く食べろ。モタモタするなとは言うけど。
「もっとサーロインステーキが食べたいな」
少年は、大好きなサーロインステーキをたくさん食べたかった。
自分がアフリカ人の貧困村に住む人達からしたら贅沢なのは、理解している。
それでも毎日スーパーマーケットの惣菜ばかり食べている生活は、嫌だった。
夕食に惣菜が出される度にこれならハンバーガーショップのハンバーガーを食べたいと思った。
だけど、惣菜ばかり食べていても身長は、毎年順調に伸びているし体脂肪率も標準値だ。健康上は、問題ない。
惣菜は、チキン南蛮だとかレバニラ炒めとか体の成長に欠かせないタンパク質を十分に摂っているからだ。
草むらで一夜を明かすと決めてからどれくらいの時間が経ったのだろう。
あり得ない事だが自分だけ時間が1秒ずつ進まない世界にいるのではないか?本当に眩しい太陽がこの空に昇るのかと考えてしまう。
「父さんは、どんな子供だったのかな?僕は、父さんの子供時代を知らないから」
少年にとって父親の子供時代を知る事は、鍵が掛かった扉の鍵を古くて錆びついた鍵で開けるような事だと想像していた。
どんな人間の心にも鍵が掛かった扉がある。その扉を絶対に開けたくない人もいる。なかなか開かない扉を必死で開けようとしている人もいる。
だけど、少年は、父親が何を考えているのか解らない。そんな父親の心の扉の鍵を開けてもいいのだろうか。
もしかしたら、父親が自ら自分の心の扉を開けようとしているかもしれない。
そうだとしたら自分がやろうとしている事は、余計な事なのではないだろうか。
「朝は、来るよね」
不意に少年の目から涙がこぼれた。もう限界だった。自分は、カーネル・サンダースのように心が強くない。
サンダースのように自分のフライドチキンのレシピを売るために店を1000件も訪問販売するような精神力はない。
少年の本当の気持ちは、父親から抱きしめてほしかった。だけど、そんな状況になる事は、ないだろう。
夜が明けると少年は、自宅に戻った。
家の前には、腕組みしている少年の父親がいた。
父親の目は、赤くなっていて目の下には、クマができていた。
「ただいま。昨日は、帰って来なくてごめんなさい」
少年は、いつものように父親に怒られると思った。
しかし、父親は、いつものように少年を怒らなかった。
父親は、悲しげに少年の顔を見ている。
父親が重い口を開いた。
「家出するほど辛かったのか」
少年は、勇気を振り絞って父親に想いをぶつけた。
「僕は、いつも何かある度に父さんに怒られるのが辛かったんだ」
少年の言葉に父親は、一瞬怯んで少年に自分の過去について話し始めた。
「父さんは、父さんの父親から何かある度にいつも怒られていたんだ。同じ事をお前にもしてしまった」
少年の父親は、初めて少年に弱さを見せた。
少年は、驚きながらも父親に自分が本当に父親に伝えたかった事を言った。
「僕は、父さんと仲良くしたい。一緒に遊園地に行きたい」
父親は、顔を真っ赤にして家の中に入っていってしまった。
少年は、受け入れてもらえなかったかと下を向いて落ち込んでしまった。
「おい!」
少年が声に驚いて声の方を向くと父親が車のキーを持って少年の方に歩いてきた。
「父さん。出掛けるの?」
父親は少年に不器用に笑いながら車のドアを開けながら少年に言った。
「今から一緒にサーロインステーキを食べに行くぞ」
少年の表情が笑顔になり目を輝かせて返事をした。
「うん!行く!!」
こうして少年と父親は、本当の父子になれたのだった。
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