夢の中で見た景色 あそこはどこだったのだろうか?
小説を読んでるとき、夢を見ているとき。
この二つに共通していることは、景色を想像していることだ。どちらにせよ、何か現場を想像する。
そして、大体の場合が自分の今まで経験してきたことにかかわっている景色なのではないのだろうか?
自分が今まで、野球をしていたら、野球の小説を読んだとき思わず自分が使っていたグラウンドを想起すると思う。
しかし、私が中学二年生に見た夢は全くの別物であった。
中学二年生のころの夏、ある程度残暑も落ち着いてきて、過ごしやすい季節になった時の夜。部活でそれなりにつかれていたこともあり「今日はよく眠れそうだな」直感的に横になりながら思った。
そして、時間の感覚まではわからないが、夢を見た。
そこは、自分が全く知らない車の中だった。普通の軽自動車のようにも見えるが、私の経験上そんな車は今思い返してみても、思い当たらなかった。
外は、知らない野原だった。標高が高く、空気が澄んでいて夢でありながら何となく心が落ち着くそんな景色だった。また、日本のように山がちではなく、どこか海外をほうふつとさせる丘のような場所であった。
その景色に見とれて、私はいつの間にか外に飛び出していた。歩いてみると、まるで自分に羽が生えたように軽い足取りであった。周りにはだれもおらず自分だけの世界を手に入れた気持ちになり、少し心が高揚した。
すっかり気持ちよくなっていた私は、その野原で寝そべり、めいいっぱい空気を吸った。こんなに心地よくなれたのは人生で類を見ない経験であった。
目を覚ますと、いつものベッドで外は快晴であった。なぜか現実も夢に影響されてか、すがすがしい朝であった。
また、「あの夢を見れるかな」と、ひそかに期待してその後数日間は眠っていた。しかしそれ以降その夢を見ることはなかった。ただ、大学生になった今でも記憶に残り続けていることに少なからず驚愕している。
あれはいったいなんだったんだろうか?今でも不思議に思う。
自分の勝手な意見ではあるのだが、夢自体まだ詳しくは解明されていないものの、普段の夢であれば何となく意識的に脳の影響によるものを強く受けている気がする。
ただ、あの夢だけは違う気がすると感じている。
ただ自分が覚えていないだけで、そういう場所に行ったことがあるのかもしれないが、それにしても思い当りがなさすぎる。もしかしたら、もう少し眠りや夢に関する研究が進んだら、その夢の正体がわかるかもしれない。
でも、「わからなくてもいいや」と、ついそう思ってしまう。あの夢をそのまま不思議なイメージとして、自分の中で保管しておくことに幸福感を感じている自分がいるのだから。
