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味の多い生涯を送って来ました

"味"の多い生涯を送っている。

というのは、太宰ではなく僕の母親のことで、味の多い生涯というのは、つまりかき氷のことである。そして僕はかき氷が(現象として)好きで、その説明のために少し母の話をします。

母の話。
母はネガティブな人で、鬱屈としていて、ドライで、リアリストで、しかし(客観的に)容姿が端麗なのでそれらの負の要素が(ギリ)魅力に映ったりする。だから余計に生きづらそうだ。
その上、妙に明るい名前を与えられている。これが1番かわいそうだと僕は思うけど、本当は子供にそんなふうに思われていることの方がずっとかわいそうなのだ。

母は3人の子供を1人で育てた。日中に会社員としての仕事が終わるとその足で夜勤のアルバイトに向かい、夜が明けたらまた会社へ向かう。悪いことに、母はとても身体が弱く、サラリーマンがタクシーに乗るくらいの頻度で病院に通う必要があったから、たまの休みもほとんど通院で潰れていた。

さらに母は熱中と言えるほど何かに傾倒していることもなかった。母は小説はおろか、漫画すらも読まない。というか文字を読まない。スポーツも、動物も、ブランドも、流行も、旅行も、ただの一つも興味がない。
そんなんだから、もちろん食にも全く関心はなくて、クリーム玄米ブランで作られたカロリーで体を動かすだけの毎日だった。

母は子供を育てる責任だけで生きているみたいだ。子育てが全て終わってしまったら、この人はどうやって孤独を克服するのだろうかと思ったが、僕はいつだって母に育てられる対象の1人だったので、決してそれを聞いたりはしなかった。
娯楽を享受できなければ、それはもはやゾンビか、ロボットか、そうでなければゾンビ型のロボットでしかない。
それは「人間失格」なのかもしれない。それでも母親としては合格過ぎるくらいだった。




すぐに変わるもの、季節。すぐに変わらないもの、性格。だから季節の対義語は性格でも良いと思う。
その年の夏、実家に帰省した僕は、キッチンにかき氷器を見つけた。冷蔵庫を開くと、多種多様でカラフルなシロップが並んでいて、バグった時のテレビ画面みたいだった。
母は、変わったのだ。

母が夏を、食事を、生活を、人生を真っ向から楽しんでいる。
「40にして惑わず」と孔子は言ったが、人間、惑いがなくなるとかき氷を楽しむようになるのだ。
昔の母は、小学生の僕が工場見学でもらったセサミストリートの定規を勝手に捨てたりするような人だったのに。化粧を覚えたての妹にきっぱりと「変」と言う人だったのに。セサミストリートの定規を楽しめない人が、娘の化粧を楽しめない人が、かき氷器を楽しめるの? と僕は思うし、たぶん孔子も生きていたらそう言うだろう。

あまりに珍しいものだから、まだ仕事中の母にLINEを送ってしまった。帰省の連絡と合わせて、「かき氷器、買ったんだ?」と。
母の返信は、「アイス代や冷房代を節約するために購入した」というシンプルで合理的で母らしいものだった。
でもそれは妙だと思う。だって冷蔵庫にはあんなにバリエーション豊富なシロップがあるんだから。完全に娯楽として楽しんでいるのだ。今日はどの味にしようかな、とシロップの瓶の色とりどりに目を転がしながら、細くて鈍い腕で軽快に機械を回して氷を砕いているんだ。母の人生には、味が増えた。

無味乾燥だけどそれがどこか強かだった母は、かき氷を楽しいと思うように堕落した。かき氷はすごい。母の性格を簡単にひっくり返してしまったのだから。

母のいない台所で、かき氷を考える。
かき氷はまじですごい。砕いた方が価値が上がるからである。食品のほとんどが割れているだけで処分されたり、訳あり品として価格を下げられるのに、かき氷は違う。
居酒屋やバーで氷が有料だとぼったくりと言われるが、砕かれた氷は屋台で500円でも売れる。それはお祭りの雰囲気も含めた値段だよ、と言う人もいるかもしれないけど、砕かれていない氷にシロップをかけたものはさすがにお祭りでも売れないだろう。だからかき氷の価値は砕かれていることにあるのだ。
でも母の熱情を撃ち抜いたのは、こんな頭で考えられるような小粋な魅力ではないはずだ。

母のいない台所で、かき氷を食べる。
久しぶりに食べてみたかき氷は、自分で作ったからとか、実家で食べるからとか、そんな感動的な演出を漂わせないほどにただの氷だった。あまつさえ、腕は疲れ、頭が不快に痛い。
でもそれくらいが良いね。その形状や種類には、一等面白味がありそうなのに、本質は水の塊であることによる素朴さで、いつどこで誰と食べても、ちっとも味が変わらない。そんな食べ物があった方がいいのだ。そんな食べ物でなければ、母を虜にすることはできなかったはずだから。

僕はかき氷が好き。
氷を砕くという行いも、素敵に甘いシロップをかけると若干溶けて崩れる振る舞いも、ストローの先端を少し加工しましたみたいなスプーンで食べる滑稽さも、母がそれらの虜になっていることに気がつかず「節約のため」などと言っている様も。

その現象の一切が、好き。

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