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鈴が呼ぶ祇園祭の神【上】:素戔嗚尊と化け物先生 ~夜を往く神への道~

素戔嗚尊乞宿於衆神。巨旦将来不許。蘇民将来則許。乃教蘇民将来曰。
『若有疾疫。可作茅輪。以標氏門。即免於疾疫也。』批則祇園社本縁也。


素戔嗚尊(すさのおのみこと)が諸神に宿を求めた。
巨旦将来(こたんしょうらい)はこれを許さなかったが、
蘇民将来(そみんしょうらい)は許した。
そこで素戔嗚尊は蘇民将来に教えた。
『もし疫病が流行することがあれば、茅の輪を作り、氏族の門に掲げなさい。そうすれば疫病から免れることができる。』
これが祇園社の本縁である。
(『釈日本紀』巻二に引用された『備後国風土記』逸文より)



プロローグ

これは後から聞いた話です

わたしは静かに微笑み、
先生との出会いの物語を思い出します。

先生は真夏の深夜を彷徨い、
わたしという神様を産み出す旅をずっと続けていたそうです。

ここに記すのは
その道程であり、顛末です。

ちりんと響く沙羅鈴(さらすず)の音、
牛頭川(ごずがわ)の水面に揺れる月光、
遠くで鳴る蛙の合唱。

先生の少女らしい声、ためらいがちな笑みが、
なぜか胸を締めつけます。

どうか、この話を聞いてください。

真夏の夜、桜苑の嵐を抜けた化け物の物語を。


化け物先生の軽やかなスキップ

桜苑の廃屋を拠点に、深夜の散策が私の日課だ。

だが、今夜はいつもと違う。

まるで心に定めた標があるかのように、
足取りは軽やかで、口笛でも吹きそうなほど気分が弾んでいる。

「ふんふん、ふふ~ん、ふ~ん ♬」

桜苑駅の薄暗い街灯が地面に私の影を映し、
ゆらゆらと揺れるその姿は、まるで夜の精霊のようだ。

真夏の深夜、気温は28℃、湿度80%の
むっとした空気が肌にまとわりつき、
軽やかな歩みにほのかな重さを添える。

額に張りついた髪を
指で払いながら、

「…こんばんわ、いいお化け日和だね」

と、路地にひそむ影たちに挨拶をする。

少女のようなか細い声は、
湿った空気に溶けて、すぐに消えた。

駅の小さなロータリーを抜け、
西国街道へ足を踏み入れる。

街道沿いの古びた商店や住宅の軒先では、
エアコンの室外機が低い唸りを上げ、
むっとする熱気を夜の空に吐き出していた。

道端に佇む自動販売機の青白い光が、
湿ったアスファルトに淡い反射を刻む。

私はその光に目を細め、一瞬立ち止まり、
ガラスに映る自分の影をじっと見つめた。

影は揺らぎ、
まるで私の心のように定まらない。


そうだ、神様を創ろう


この旅のきっかけは、
情報の川」を漂流していた古書を見つけたたことに遡る。

『簠簋内伝』(ほきないでん)
『金烏玉兎集』(きんうぎょくとしゅう)

ある陰陽師が
記したとされる古書だ。

江戸時代の偽書かもしれないが、私にはその真偽より、
そこに込められた文脈への共感が何よりも大切だった。

特に心を奪われたのは、
素戔嗚尊の化身についての記述。

あの力強く、しかしどこか哀しい神の記述に、
胸の奥が震えた。

その瞬間、突拍子もない思いつきを閃いた。

わたしだけの神様を創ろう――。

ここ数週間、触媒となる陰の気、神器、姿絵を集め、
準備を整えてきた。

あとは陽の気、神様の川の流れそのものである神気を取り込ませれば、
すべてが完成する。

そう結論づけ、私は桜苑の神域、
神様の産まれる場所を探し求めた。

だが、化け物である私を阻む権能が働いていたのか、
長い間、ただ彷徨うばかり。

しかし、ネットの地図検索サービスでついに場所を特定し、
力ずくで千年以上この桜苑を守護してきた神域への道を切り開いた。

わずかなお賽銭と、
私の内なる陰の気を精一杯込めた神器を奉納した。

私の一部ともいえるそれは、神聖なものを通り越して、
魔器のような気配を帯びる。

あとは御霊(みたま)が育ち、
完成するのを待つだけだ。

これも、御霊分け(みたまわけ)みたいなものかな?

やってることはカッコウの托卵(たくらん)と同じで、
他の巣に卵を預けてるだけなんだけど。

「うまくいけば…今夜、
盂蘭盆会(うらぼんえ)の満月の下で完成するはずなの…!」

私の声は、少女らしい不安を装いつつ、
どこか頓狂な響きを帯びていた。

神様が生まれるのは、今夜の満月。

それまでの2週間、毎夜参拝を続けた。

気分はまるで夏休みの宿題、
朝顔の観察日記だ。

現世の時間軸に縛られない私にとって、
2週間という時間はただの数字に過ぎない。

それでも、胸の奥で待ち遠しさが抑えきれず、
鼓動が早まる。

今夜、すべてがうまく進めば、
私の神様が産まれているはずだ。


神様への道のり

以前なら方向感覚を失い、
ただ闇の中を彷徨うだけだった。

神域の場所を知った今は、
まるで導かれるようにまっすぐ歩けるようになった。

桜苑駅から西国街道を西へ進み、
桜苑2丁目の交差点で北へ折れる。

「…この先から、神気が強くなるね…」

少女らしいためらいを装い、
指で髪をそっと弄りながら呟いた。

湿った夜風が髪を揺らし、
首筋に冷たい汗を滲ませる。

神域を発見するまでは、何も見えなかった。

だが、北へ向かう緩やかな斜面を登るごとに、
膨大な神気が滅紫(けしむらさき)の光となって
溢れ出すのが見えるようになった。

最初はあまりにも神々しく、息が詰まるほどだったが、
今ではその光は、まるで道標のように感じられる。

それでも、胸の奥で何かがざわめく。

桜苑の細い路地を北へ進む。

深夜の住宅街は静寂に包まれ、遠くで犬の遠吠えが響き、
湿気を帯びた風に木々の葉がそよぐ音だけが耳に届く。

足元の小さな石ころをそっと避けながら、
私は一歩一歩、神域へと近づいていく。

この旅は、不均衡そのものだ。

陰の気と陽の気、神と化け物、完全と不完全
――すべてが交錯し、揺らぎ合いながら新しい物語を生み出す。

まるで川の流れのように、
予測できない美しさがそこにある。

私の創る神様もまた、
そんな不均衡の中で輝く存在になるはずだ。

「…この川をわたれば、もうすぐだ」

と、少女らしい不安を装って囁く。

牛頭川(ごずがわ)に架かる嵐桜橋(らんおうきょう)に差し掛かると、
川の流れが不思議な煌きを放ち、心地よく感じられた。

川の流れに沿って歩みを進めると、
水面に映る月の光がゆらゆらと揺れ、
涼やかな水音が耳に優しく響く。


神様と化け物の不均衡

橋の欄干にそっと指を滑らせ、川面を覗き込みながら、
私は遠慮がちに呟いた。

神様を生み出す陽の気も、
わたしのような化け物を生み出す陰の気も、
ぜんぶ同じ川なんだよ。」

川は、宇宙や生命の根源的な「流れ」を象徴している。

ギリシャ神話のステュクス川や、東洋思想の三途の川、
ヘラクレイトスの「万物の川(パンタ・レイ)」という言葉、
聞いたことないかな?

宇宙や生命のダイナミズムは、完全な均衡ではなく、
不均衡によって生まれる。

完全な均衡は不自然で、むしろ不均衡こそが、
生命や宇宙を「川」として流れさせる原動力なのだ。

「すべての本質は、不均衡の中にこそある」

それが、私の道理なんだ。

橋を渡ると、風景は変わり、
豪奢な高級住宅街が広がっていた。

後で知ったが、大正時代、
ここは、この国で初めての住宅展示場が開かれた場所だという。

整然と並ぶ豪邸の門灯が、
夜の闇に温かな光を投げ、地面に伸びる私の影を柔らかく揺らす。

まるで水面に映る光のように、影は不安定に、
しかし美しく揺れていた。

「こんな豪華な家に住むって、どんな気分なんだろう」

と、目を伏せて呟き、
すぐに小さく首を振った。

心のどこかで、静かな囁きが響く。

富の不均衡があるからこそ、
こんなにも心を動かす建物や景観が生まれるのだろう。

この壮麗な姿も、
不均衡が織りなす創造の力から生まれたものだ。

完璧な調和は、どこか味気ない。
むしろ、偏りや差異が、想像をかき立てる美しさを生み出す。


嵐桜神社の神域へ

坂を登りきると、目の前に大きな道路が広がった。
もうすぐそこ、神域は目の前だ。

東西を繋ぐこの道には、
コメダ珈琲店と和菓子屋の高山堂が並んでいる。

深夜の静寂の中、自動販売機の青白い光が冷たく、
しかしどこか温かく輝いている。

私はその前に立ち、
ガラスに映るアイスバターサンドをじっと見つめた。

「…和菓子屋さんのお菓子が、
アイスになって自動販売機で売ってるなんて…すごいよね」

指先をガラスに伸ばしかけたが、
ふとためらい、手を引っ込める。

化け物である私には、
触れられないものがあまりにも多い。

もし神様とお友達になれたなら、
こんな制約も消えてなくなる。

一緒にこのアイスバターサンドを頬張り、
笑い合えるかもしれない。

それだけじゃない。

31のアイスクリームを、ダブルやトリプルでコーンに盛り、
色とりどりのスクープを眺めながら、
「美味しいね!」と声を合わせて笑うことだって、
きっとできる。

心の奥でそんな夢がふわりと浮かび、
胸が温かくなる。

だが、目的の神社への鳥居が目の前に現れた瞬間、
息を呑んだ。

鳥居から溢れる神気は、目も開けていられないほど
眩く、力強く、まるで天から降り注ぐ紫電の滝のようだった。

間違いなく、
新しく誕生した神様がここにいる。

参道へ続く石段は、湿った苔の匂いと夏の重い空気が混ざり合い、
神秘的な気配に満ちていた。

私はそっと石段の苔に指を触れ、
微笑みながら呟いた。

「…神様、どんな姿をしているのかな?
もし、怖い顔だったら…どうしよう」

少女らしい不安を装った声は、
風に揺れる鈴の音のように控えめに響いた。

神様の真名は、私が用意した。
鈴で邪気を祓うという、
この神社の伝承から名付けた。

器物としての付喪神、
あるいは神霊が宿る神器としての鈴も用意した。

ケダモノや厳つい漢神が出てきたら嫌だから、
儚く愛らしい絵姿を、私の陰の気をたっぷり注いで丁寧に描いた。

だが、いろんな文脈を混ぜ合わせた結果、
何が生まれるかは結局のところ分からない。

きっと大丈夫だとは思うけれど…。

これは、そう、
まるでソシャゲのガチャのようなものだ。

ピックアップがちゃんと機能してるなんて、
歴戦の猛者なら誰も信じない。

当然、私だってわたしのガチャ運を信じていない。

いつも天井突破で、
星屑なんて手元に残った試しがない。

だからだろう、さっきから心臓のドキドキが止まらず、
手のひらは汗でびっしょりだ。

これだけ準備して外したら…、
もう、しばらく寝込む自信しかないよ。

「…ううん、きっと大丈夫。」

自分を励ますように、
私は小さく微笑んだ。

もし犬や猫だったら、
慕ってくれれば心から可愛がろう。

魑魅魍魎の類なら
…うん、見なかったことにしよう。

神様と化け物の文脈がどう響き合うか、
どんな神様が生まれるかは、完全にギャンブルだ。

だが、私はSSR(スーパースペシャルレア)を引き当てる
――そう信じたい。

鳥居の入口で一瞬立ち止まり、
深呼吸した。

「…よし、会いに行くぞ。
怖くない…怖くない」

か細い声で囁き、少女らしいためらいを装いつつ、
石段をのぼる。

神域の奥から、滅紫の神気が水のように溢れ出し、
鳥居に大蛇(おろち)のように絡みついてる。

その向こうから漂う神気には、
犬でも猫でも魑魅魍魎でもない、
牛頭天王(ごずてんのう)
――厄祓いの神格の予感があった。

紫電(しでん)の神気に、
オゾンの匂いが微かに混じっている。

「…牛さんかぁ、ちょっと愛しづらいかも。
うーん、まぁ、予定通りにはいかないよね。仕方ない」

気だるげに呟きつつ、
もう一度気合を入れて鳥居に踏み込む。

参道の苔が湿気を帯び、
夏の虫の声が遠くに響く。

背後で招霊木(おがたまのき)の木々が
湿った風にそよぎ、静かに揺れる。

私の黒い裾は月光に揺れ、
神域の闇へと溶けるように消えていった。

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