見出し画像

4階でしか止まらないエレベーター

"必ず"4階で止まるエレベーター。
ドアが開くと、濡れた床や、泥だらけの靴が増えていく。


チン。

『4階』

……おかしいな。

私は、6階を押したけど。

エレベーターのドアが開く。
ドアの先をじっと見つめる。

……。

少し寂れた、ただのマンションの共用廊下。
押し間違えたか。

外の暗さで、廊下が濡れていることに、私は気づかなかった。

ボタンを押し直す。

ーー。

チン。

『4階』

まぁ、安いとこ契約したしな……。
そう思い込んだ。

もう一度6階のボタンを押す。

チン。

「……やっとか」

私は埃臭い灰色の廊下を歩き、自分の部屋に入った。


早めに帰ってこれた。

ビニール袋を握り直す。

家で惣菜を食べながら、動画でも見てゆっくりしよう。

チン。

『4階』

「……はぁ」

またか。

ボタンに指を伸ばす。

チン。

『4階』

ボタンを押す。

『4階』

『4階』

『4階』

ドアが開く。

共用廊下の先に、なにか落ちている。

かかとが不自然にひしゃげた、泥だらけの靴。

「……」

ーー。

ボタンを押して、ドアを閉める。

『4階』

『4階』

『4階』

『4階』

『4階』

チン。

「……やっと着いた」

次は、階段を使おう。


「……ふぅ」

両手に大きな鞄。

荷物が重いけど、仕方ない。

……。

暗くて長い階段を見上げる。

一段目に足をかけた瞬間、
ーー足元の感触が変わった。

チン。

突如、耳元で電子音が響いた。

白い壁に、縦に並んだボタン。

エレベーター、の中……。

『4階』

ドアがゆっくり開く。

私のすぐ足元に、ひしゃげた靴。

……!

廊下の真ん中に、男が立っている。服が泥にまみれている。

男は、こちらを見ていた。

顔がよく見えない。
彼は、平坦な声で言う。

「……急いでるんですよね」

……っ。

その声で、昔を思い出した。


ずっと昔、私は今とは別のマンションを見学していたが、時間が押していた。

「すみません、次があるので、これで」

笑う営業マンに会釈をする。歩いた先で、若い男が共用廊下に立っていた。何かを落としたのか、落としかけてるのか、愕然として下を覗き込んでいる。

「あ……!そこのお姉さん、あの……っ」

「……」

私は一瞥したあと、急いでますので、と短く言って通り過ぎた。関わりたくない。

歩いて、少しした後。

ーー。

バチン!

背後から、重たい水が地面に叩きつけられたような音がした。

ーー呻き声が、聞こえる。

……これは……見に行った方が……?

ーーいや。

私はかぶりを振る。

この後はどうしても外せない。
……誰かが、見に行くでしょ。

私は足早に立ち去った。

しばらくして、彼が亡くなったことを知った。


「あの時は……すみません」

私はお辞儀をした後、すぐにボタンを押した。

ドアが閉まる。

男は、既に背を向けていた。

6階を押す。

チン。

『4階』

押す。

『4階』

『4階』

『4階』

狂ったように、押し続ける。

4、4、4、4、4、4、4ーー。

気づけば、上昇を表す矢印はずっと下を向いていた。

ーー。

4、4、4、4、4、4、4ーー。

ああ……。

エレベーターは、私を"落とすためだけ"に動き続けていた。

私は、あの日の彼と同じ高さまで落ちていった。

ーー

他の"崩壊"はこのマガジンから。
違和感から、少しずつ壊れていく短編を覗けます。