呪術廻戦考察 『燈』解剖ー作曲者が込めた夏油傑への願い
呪術廻戦 懐玉・玉折編のエンディングテーマ、崎山蒼志「燈」の歌詞について考察する。
最後に作曲者コメントから見える夏油への願いについて考えていく。
「僕の善意が壊れてゆく前に 君に全部告げるべきだった」
冒頭のこの言葉、私はどうしても夏油の独白だとは思えない。これはきっと、作曲者から夏油に向けられたメッセージだ。そしてこのフレーズは、夏油を完全に救う可能性があったと同時に、彼を地の底に叩き落として、文字通り死に向かわせる危険を含んだ「劇薬」でもある。
なぜならこれは、「初めから全部自分が悪かった」という事実を突きつけ、認めさせる言葉だからだ。それは夏油にとって、これまでの自分やプライドを根底から全否定されることに等しい。
乙骨が真希に厳しく叱責されてそれを受け入れられたのは、彼女が本気で怒ってくれたからであり、乙骨の自尊心がもともと夏油ほど高くなかったからだ。
この言葉は、作中のどんなセリフよりも夏油の心を激しく揺さぶる。一番苦しいのは、怒鳴られることじゃない。静かに「諭される」ことだ。諭されるということは、自分のポジションが強制的に「下」に固定されるということであり、「みんなに最初からそう思われていたのかもしれない」という孤立を意味する。
自分の存在を否定される恐怖と、圧倒的な惨めさ。そこから逃れるために、彼は防衛本能としてあの言葉を吐き出すしかなくなる。
「猿は嫌い。それが私の本音」
冒頭の歌詞は、夏油のプライドの脆さと歪さを、苦しいくらい正確に抉り出している。
「夜が降りて解けての生活に 混濁した気持ち掠れる燈」
「仕方がないと受け入れるのなら それまでだってわかっても なんだか割に合わないの、意義がないなんて」
ここから、夏油の心境へと潜っていく。
蛆のように湧き出る呪霊。
払う、取り込む、その繰り返し。
だんだんと、自分は何のために吐瀉物を処理した雑巾のような呪霊玉を飲み込んでいるのか分からなくなっていく。
「弱者を助ける」という思想が歪む。
でもその本音の裏には、「こんなことをしていても、もう悟には追いつけないのに」という絶望的な虚無感があっただろう。
「何処にでもあるようなものが ここにしかないことに気づく」
ここから曲の視点は、高専の季節を共有した者たちの視線へ分散していく。
これはきっと、硝子の視点だ。
失って初めて、あのくだらない三人の日常が、何物にも代えがたい特異点だったのだと気づいている。
「くだらない話でもよくて 赤らめた顔また見せて」
そしてこれは、五条の視点。
五条から見た夏油は、きっとよく、照れくさそうに顔を赤らめていたのだろう。記憶に残る夏油は、温度を持った「親友」だった。
「故に月は暗い 頭flight 今日は櫂を持って 探し物がない 揺れる愛 隠し持って生きる」
ここで夏油の本当の柱が露わになる。「櫂」を持って船を漕ぎ出すけれど、彼には初めから「探し物」なんてない。それは、すでに自分の中で「解」を出してしまっているからだ。
答えを持ったまま、どこにも辿り着かない船を漕ぐ。その胸の奥底に、本当の本当にあったのは、大義でも選民思想でもなく、ただ一つ、自分でも制御しきれない「揺れる愛」だけだった。
でもこの気持ちを「解」にはできない。どこにも行けない。隠し持った愛だけを抱えて、また今日も「新品の朝」を迎える。
「孤独 under crying めんどくさい 線引きのない 記憶は儚い 昨日にまるで用はない 故に月は暗い 歪むLight 明日は何処行こう」
このフレーズは、夏油を失った「現在」を生きる五条の本音だろう。
「めんどくさい」「昨日にまるで用はない」。
まるで大人になったように振る舞っている。
子供たちを育て、強く聡い仲間をつくる「大義」のために。でも本当はめんどくさい。どうでもいい。夏油に見て欲しくてやっているだけだ。
二人に線引きがなかった、儚いあの日々の記憶にすがって、歪んだ光の中で、ただ一人、めんどくさい明日を消化していく。
「傷ついてる心がわかるのに なぜ傷つけてしまうおんなじ跡」
夏油の心が傷ついていることは分かっていた。だからこそ、元気づけたくて、自分の強さで安心させたくて、「最強の力」を見せたのかもしれない。でもそれが、かえって夏油を傷つけてしまった。そのボタンの掛け違いを、五条は今も悔やんでいる。
「エゴといって一括りにしていた 僕とあなたの本当 透明に燃えて」
「本当」は、ただお互いが好きだった。それだけのはずだった。でも、表面にある「大義」や「正しさ」という名のエゴばかりが見えて、一番純粋な核心はあまりにも深く、透明すぎて見えなくなってしまった。
「変わりたくって変わらない気持ち 形だけ崩れてく」
夏油の視点。二人で最強だったあの頃から、立場だけが敵同士に変わってしまった。
もう好きでいたくないのに、いっそ嫌いになりたいのに、気持ちだけはずっと変わらないまま。
「希望の手 離さない 君の幽霊と」
五条はずっと「君の幽霊」と手を握ったまま生きている。「また会えるよね」と、心の中で祈りながら。
その時まで、強く聡い仲間を育て、次こそは誰も一人にしないように、もう一度会えた時に傑が笑ってくれるように。
「孤独から日々を数えたら ひとつの涙に溺れてた くだらないならいっそ壊して 歌の中で自由に生きるから」
ふとした瞬間に、耐え難い悲しみが五条を襲う。いっそこの世界をすべて壊して、お前の元に行ってしまいたい。
そっちの世界で二人で自由に生きよう。
「くだらない静けさの夜また 記憶に住む僕だけ目覚める」
どうでもいい、静かすぎる夜。夢の中で傑に出会えても、朝が来れば「記憶に住む僕だけ」が現実へ目覚めてしまう。
記憶の中に、住んでいたいのに。
「ここにしかない 君に触れたい くだらない話でもよくて 赤らめた顔また見せて」
夢でしか会えない親友に、どうしても触れたい。体温を感じたい。
「孤独under crying 孤独under crying 孤独under crying 孤独under crying なぜ」
執拗に繰り返されるこのフレーズは、五条悟の「号泣」だろう。最強になり、すべてを手に入れたはずの男が、たった一人の「親友」を救えなかった虚無の中で、なぜ、なぜ、と子供のように問い続け、ずっと泣いている。
「孤独 under crying めんどくさい 線引きのない 記憶は儚い 昨日にまるで用はない 故に月は暗い 歪むLight」
また今日もどうでもいい、めんどくさい日々を一人で過ごすよ。
ここで、作者である崎山蒼志氏が残したコメントを見てみたい。
「『燈』は夏油傑というキャラクターの積み重なった経験と苦悩の果てに生まれていく心情の変化、それを取り巻くキャラクターたちの夏油への思いがテーマの楽曲です。心は私たちの想像よりも繊細で曖昧で、綱渡りのような存在と、私は考えます。私の心を、愛する人を、他者を尊重すること。それがこの曲に私が込めた願いです」
ここに書かれた「願い」こそが、冒頭の「僕の善意が壊れてゆく前に君に全部告げるべきだった」という言葉の正体だ。
ここで言われている「私」は夏油で、「愛する人」は五条、「他者」は硝子のことだろう。
しかし、夏油の心の中には、常に五条が一番に君臨している。自分で勝手にそうしているだけのエゴだと言えばそれまでだが、彼はどうしても、自分より先に五条を置いてしまう。
自己肯定感が低すぎるのだ。
この曲の初回盤のジャケット写真を見ると、高専時代の三人が写っている。その並び順は一番前が五条、その後ろが夏油、そして最後に硝子だ。
これこそが、夏油の心の中にある優先順位そのものではないだろうか。
五条がいて、その次にようやく自分がいて、そして硝子がいる。
夏油は自己肯定感が低すぎる一方でプライドが高いので、五条を最優先する自分の在り方に酔ってしまっていた部分があるだろう。
けれど、作曲者がこの曲に込めた本当の願いは、そんな歪な自己犠牲ではない。
「愛する人がどう思っているか」ではなく、「まずは、何よりも自分自身の心を尊重してほしい」ということだったのではないか。
自分が本当はどうしたいのか、どうあるべきなのかを、まずは自分自身のためにちゃんと考える。そして、そうやって自分を大切にできて初めて、愛する人のことも本当の意味で尊重できるようになるのだと、そう伝えたかったのではないだろうか。
冒頭の「僕の善意が壊れてゆく前に君に全部告げるべきだった」というメッセージは、そんな祈りが込められていたのかもしれない。
この話をしたらどう思われるか、ではなく、自分の心を守るためにはどうすればいいか。
それを考えることが、愛する人を幸せにすることにもつながっていく。
けれど、それが夏油に届くことはない。
だからこそ、五条は今もあの孤独な夜のループの中で、ずっと泣き続けているのだ。
