「未完成の神話」 Episode3 父と子
「ジュダ元帥、入ります」
2回のノックの後、ナルは重い扉を開けた。
本棚や絵画に壁を覆われた書斎の真ん中に、机と椅子がどかりと居座り、銀色がかった黒い髪を振り乱す男が眉間に皺を寄せている。
ナルはすっと机の前に立つ。
「今日の…」
「おはよう、ナル中尉」
「…あ、おはようございます…」
目の前の男は椅子に腰掛け机の上の何かに食い入るように夢中になっていたが、ナルの顔を見あげるとニヤリと口角を上げた。
「いい天気だな。」
「はい。今日の…」
「お、今日の占い通信が届いているぞ。…どこから届くのかなぁ、全く」
「元帥、それの話ですが」
「5月生まれは…『今日は余計な話し合いに気をつけろ』、だそうだよ」
「……」
口を開けばゆるりと話を遮られ、氷のようなナルの表情は少し、和らいだ。
「……父さん……話を聞いてください…」
「みんな俺に話を聞いてほしいみたいだ。忙しいなぁ、あいにく人気者で」
彼は目の前の何通もの束ねられた手紙を見せびらかした。
「…人気者の、お世話…」
思わずつぶやいたナルは気まずさを感じて視線を宙に浮かせた。
「お世話?お世話かなぁ。俺はお世話係じゃないんだぞ…アストルム王へ、アストルム王へ、アストルム王…俺の名前がないぞ、おかしい。」
彼は手紙の束を一通ずつめくっていく。
「アストルム、アス、アス、アス、ジュダ・エッセへ…。ジュダ…?あ、俺だ!」
彼は、重厚な軍服と落ち着いた男の香りに似合わぬ八重歯の笑顔を見せた。
「…誰からですか」
彼はちらりと手紙を裏返し、にこりと笑う。
「誰でもいいだろう。女からかもしれないのに、お前、デリカシーがないって言われないか」
「言われません。友達にデリカシーのない男はいますけど」
「相変わらず仲がいいな。デリカシーがないとお前と仲良くしてないだろう。あいつは昔からモテてた。」
「父さん!僕が言っているのはオッドの話です!」
「俺もオッドのことを言ってるんだけど」
ナルは、ジュダの全くつかみどころのない風のような会話に多少苛立ちつつも、その風を心地よいと感じている自分に気づき、また姿勢を直した。
「元帥。夜の街のことですが。父さんのところに占いが届いていたでしょう。それは…」
「ナル。俺は人の話は遮りたくないんだが、お前のそういう話は遮りたい」
「どうしてですか。」
「……自分を大切にしようと思わないか」
ジュダは机上の本を本棚に戻しつつ、壁にかかった鏡を覗き込み、軍服を直し始める。
「父さんよりかは、大切にしていると思いますよ」
「どうして?」
ナルは鏡の中の父親を眺める。
「その鼻の傷跡、薬を塗ったらすぐ治るのに」
「これか?傷跡は勲章だよ」
ジュダはいつもの眉を下げながらはははと笑い、引き出しの中の短剣を軍服横の鞘に入れ込みながら不満げな息子の肩を叩きながら扉に向かう。
「王のもとに行ってくる。ちょっとした会議だ。この部屋を出る時鍵をかけといてくれな」
ナルは、父親から鍵を受け取ると、背中で扉がゆっくり重く閉まる音を聞いた。
鍵を指先で遊ばせたが、すぐ飽きて、前にある鏡に映る自分を意味もなく見た。
「傷跡は勲章…?」
彼は自分の首元を触った。
首元のチョーカーが昼間の太陽の光を少し、反射していた。
