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夫には見せなくなった私を、ここでは見てほしかった

皆さんの言葉で「見られたい妻」になっていった20日間


皆さん、こんにちは。りさです。
この文章は、これから始まる物語をすべて書き終えたあとに書いています。

恥ずかしいですが、正直に書きます。
最後まで書き終えた時、涙がこぼれました。

二万文字を超える長い文章を書き終えたからではありません。

書きながら当時の投稿や、皆さんから届いた言葉を一つずつ振り返る中で、私はあの頃、自分で思っていた以上に皆さんに支えられていたのだと、改めて気づいたからです。

Xを始める前の私は、夫婦関係の停滞した空気を抱えながら、理由のはっきりしない、もやもやした気持ちの中で過ごしていました。

それがXで自分の言葉や姿を少しずつ外へ出し、皆さんから届く言葉を受け取るうちに、閉じ込めていた自分を少しずつ解放できるようになりました。

誰かに変えてもらった、ということではありません。
それでも、皆さんの言葉がなければ、私は次の一歩を選べなかったと思います。

ここで改めて、これまで私を見つけ、言葉を届けてくださった皆さんへ、感謝を伝えさせてください。

本当に、ありがとうございました。



夫には、女としての自分を見せなくなっていた私が、顔の一部を隠した自撮り写真を、初めて知らない人へ見せた夜。

その投稿をきっかけに、私が「見られたい妻」になっていくまでには、Xに残っている投稿だけでは分からない出来事がありました。

このnoteでは、私がXを始めた2026年6月2日から6月21日までの20日間を、当時の投稿や、皆さんから届いた言葉とともに振り返ります。

あの頃から見てくださっていた方には、「この投稿、覚えてる」「この時、自分もここにいたな」と思う場面もあるかもしれません。
私自身、書きながら皆さんから届いた言葉を読み返して、あの20日間は私一人だけでできたものではなかったんだと何度も思いました。

投稿する写真を選ぶまでに迷ったこと。
投稿しなかった写真。
投稿したあとに起きていたこと。
性欲のある自分を初めて言葉にした時の怖さ。

そして、皆さんの言葉を受けて、見せたいものが少しずつ変わっていった過程。


本文には、Xで公開した写真よりも胸元や脚の見え方が強く、当時は出せなかった別カットを含む、未公開写真7枚を収録しています。

その中には、脱いだ制服とともに、制服の下で一日肌に触れていたカップ付きキャミソールと下着まで写っていた写真もあります。

ただ、露出のある写真を並べただけではありません。
一枚ごとに、なぜ撮ったのか、なぜ当時は公開しなかったのか、そして、なぜ今ここへ残すことにしたのかを書きました。

これは、夫婦関係の告白だけでも、写真集だけでもありません。

私が皆さんに見つけてもらい、「見られたい妻」になっていった20日間の記録です。


※顔全体が分かる状態の写真は収録していません。
※このnoteは、本文中の文章と写真で完結する作品です。購入によって、DM・LINEなどでの個別交流、購入者限定の鍵アカウントへの招待、個別写真、優先返信、面会などが付くものではありません。
※本文には夫婦間の性的な出来事や、性欲についての記述があります。
※note上では「画像62枚」と表示されますが、その多くは当時のX投稿やリプライを振り返るための画面キャプチャです。未公開写真は7枚です。


第1章:夫に見られるための私だった

私が「りさ@見られたい妻」という名前でXを再開したのは、2026年6月です。

正確には、アカウント自体は2023年8月から存在していました。その頃のことは以前のnoteにも書いたので、ここでは繰り返しません。

ただ、なぜ私がもう一度Xへ戻り、「見られたい妻」と名乗るようになったのか。それを話すために、少し時間を巻き戻します。

ここから書くのは、以前のnoteには載せなかった、夫に見られることが当たり前だった頃の話です。

夫に「見られる妻」だった頃

私たち夫婦が結婚したのは、2020年5月です。

結婚して間もない頃の私は、夫に喜んでもらうことを、自分の喜びのように感じていました。

洋服を選ぶ時にも、

どんな服なら夫が喜ぶのか。
どんな下着なら気づいてくれるのか。
家では、どんな姿でいれば女として見てもらえるのか。

そんなことをよく考えていました。
自分が着たいものよりも、夫が喜びそうなものを選ぶことが多かったんです。

結婚した年の年末、夫の上司の家で開かれるホームパーティーへ招かれたことがありました。

集まるのは、夫の仕事関係の人が十数人。
何を着て行けばよいのか分からず、私は夫に相談しました。

その時、夫が私のクローゼットから選んだのは、黒いフレアミニスカートでした。

ふわっと広がる薄い生地で、丈も短めです。

もともと私が好んで選ぶような服ではありません。その数か月前に夫と買い物へ行った時、夫に強く勧められて買ったものでした。

夫は、私が普段選ぶ服より、少し肌の見えるものを好んでいたんです。

私は、そのスカートをホームパーティーに履いて行くことに迷いました。

丈が短くて落ち着かない。
風が吹けば裾も気になる。
薄く広がる生地が透けないかも心配。
集まる人たちの雰囲気によっては、ふさわしくないかもしれない。

それでも、最後にはそのスカートを選びました。
夫が、着てほしいと言ったからです。
当時の私にとって、それはとても大切な理由でした。

会場では、夫が仕事関係の人たちから、

「●●さんの奥さん、超かわいいですね」
「若くてきれいな奥さんでうらやましい」

と言われていました。

夫は嬉しそうでした。

妻を褒められて喜んでいる夫を見て、私も嬉しくなりました。

夫が望んだ姿になる。
その私を見て、夫が喜ぶ。

それが当時の私にとって、女として見られていると感じられる瞬間だったのだと思います。


パジャマや下着を選ぶ時も、同じでした。
私自身が好きなのは、普通の上下に分かれたパジャマです。
下着も、綿を中心にした、肌の出る部分が少ないものを好んでいました。
着心地がよく、落ち着いて過ごせるものが好きだったんです。

一方、夫が好んだのは、ワンピース型のパジャマやネグリジェでした。

理由を聞いたことがあります。
夫は、服の下へ手を入れやすいからだと言いました。

下着も、黒や赤、レースの多いものや、生地が薄くて肌が透けて見えるようなものを好んでいました。

私も、

今日は、そういう夜になるかもしれない。

いいえ、本当は、
今日は、そういう夜にしたい。

と思った日には、夫が好きそうなものを選びました。

仕事から帰ったあと、服はそのままで、下着だけを替えることもありました。自分から「したい」と言う代わりに、夫に気づいてほしかったんです。

夫は、そんな私なりの仕込みを見つけると、嬉しそうにしました。

「え、ひょっとしてリサ、今日は俺とセックスしたかったの?」
「リサはすごくエッチだね。そんなリサが愛おしいよ」

そう耳元で囁き、私の耳を軽く噛むこともありました。

そんなことを言われると、自分の考えていたことを見透かされたようで、恥ずかしくなりました。

でも、それ以上に嬉しかったんです。
私が何を望んでいるのかを、夫が見つけてくれたからです。

夫と出かける時も、私は何を着れば喜んでもらえるのかを考えていました。

これは、その頃に自宅で撮った写真です。
今より少し髪が短く、服の選び方にも、夫が喜びそうなものを選ぶ癖が残っていました。 

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