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特急「カムイ」から見た、石狩・空知の風景

世界的に面積がちっちゃくて、山も多い島国の日本において、いちばん北にある北海道はだれもが憧れる土地で、旅行先として非常に人気が高い。地平線のはっきり見える大地がどこまでもつづき、シラカンバをはじめとした大自然の原生林が至るところにあり、日本とは思えない異国感・最果て感を存分に体感できる。しかもそうした無人地帯の範囲が地理的に極めて広く、本州の半分前後の大きさにもなるのだからすごい。そういったところを列車に乗って眺めるにも絶好の土地で、釧網本線や宗谷本線・花咲線など人気の絶景路線は数多い。こういった人気路線はみな非電化で、ディーゼルカーがエンジンを唸らして走るから田舎の雰囲気が十分感じられる。
 
そんな北の大地でも大都市はあって、ほぼ真ん中に位置する札幌は人口200万近くに達する政令指定都市である。その近郊にベッドタウンの江別や恵庭・岩見沢、もう少し離れれば一大観光地の小樽や道内第二の都市である旭川があり、このあたりの鉄道はみな電化されて本数も劇的に多い。札幌と千歳を結ぶ千歳線は空港アクセスの快速「エアポート」のほか、沿線に恵庭や北広島といったベッドタウンがあるため通勤輸送の需要がものすごく大きい。函館から長万部・小樽・札幌を経由して旭川へ至る函館本線は小樽以北が電化され、とくに札幌~旭川は特急列車が30分に1本の間隔で走るほどに忙しい。言ってみれば、これらを本州の鉄道に例えると、千歳線や函館本線小樽~札幌は中央線や高崎線などの首都圏の主要路線、道内の二大都市をつなぐ函館本線札幌~旭川は東海道新幹線といったところだろう。だから、乗ってみるとわかるのだが、海岸沿いや山越えなどの一部区間を除いて、ローカルさはほとんど感じられないように思う。

石狩・空知を中心とした道央周辺の主な鉄道網

2023年5月、まだ乗ったことのない宗谷本線に乗って稚内へ行くため、道北へ旅することになった。宗谷本線の起点は旭川だが、札幌から函館本線をもう一度きちんと乗りたいため、新千歳から千歳線でJRを進むことになった。羽田から午後イチのANAの飛行機に乗って新千歳空港に15時過ぎに到着、そこから千歳線の快速「エアポート」に乗り継ぐ。さすが空港と札幌市内をダイレクトに結ぶシャトル列車だけあって、大地に敷かれたほぼまっすぐの電化複線のロングレールを、颯爽と飛ばしていく。線路のつなぎ目がいっさいないから、重く頑丈なレール上を車輪が高速で転がる音だけがすがすがしく聞こえる。北海道に限らず主要幹線の多くや大都市近郊の路線はロングレールが主流だが、この千歳線は音に厚みが感じられる。ローカルさはないが、いかにも北海道らしい豪快な音である。酷寒の地で高速運転に耐えられるように、安定した軌道の設計と保守がされているのだろうか。JRグループのなかでもとりわけ経営環境の厳しい北海道だが、こういった保守管理には頭の下がる思いである(ところがここ最近、列車運行の安全を確保せずに保線作業をする危険事例が相次いでいる。人手不足等が背景にあるとはいえ、残念なことである)。白石から函館本線との並走区間に入ったあと、まもなく左側線路を走る手稲行き普通電車を追い越す。大都市札幌近郊ならではの光景だろう。すがすがしい気分に浸りながら、16時過ぎにに札幌駅に到着する。
 
ここから、函館本線に乗り換えて一路旭川へ向かう。銀色の電車特急「カムイ29号」は、16時30分に一大高架ターミナルの札幌駅を発車、インバータ式のモーター音も静かに、北へ向けて滑らかに走り出す。銀色の車体のそれは789系と呼ばれる特急用車両で、登場してからまだ15年程度の新しい車両である。さっき通ってきた白石で千歳線を右手へ分け、左手にJRの苗穂工場を見ながら、しばらく札幌近郊の住宅地のなかを進む。ベッドタウンの江別を通過すると、車窓の両側に広大な石狩平野がひろがるようになる。途中の停車駅は岩見沢・美唄・砂川・滝川・深川の5つだが、継ぎ目のないロングレール化された重厚な線路をスムーズに飛ばしては駅に停車、飛ばしては停車の繰り返しで、味気ない。また、砂川・滝川・深川・旭川というように、「〇川」の漢字二文字のシンプルな駅名ばかりなのも、その印象を助長しているように思う。特急の時刻もほとんど、始発駅発が「00分」「30分」、終点着が「25分」「55分」と極めて規則的なダイヤで、面白みがない。大都市の大手私鉄だとこういった時刻ダイヤがよくあるが、それにそっくりである。沿線は空知とよばれる地域で、あちこちの都市・町にかつて炭鉱があり大変栄えたが、エネルギー転換後は急速に過疎化が進行して、現在では寂れてしまっている。各地の炭鉱にはそれぞれ函館本線の駅からから石炭輸送用の鉄道が敷かれ、蒸気機関車が石炭貨車を引っ張る姿がひんぱんに見ることができた。
 
これら運炭鉄道が分岐していたのは、どれもみな旭川方向に向かって右手である。この函館本線の特急にはこれまで何度か乗っているが、左側の席に座るか大雪の日に乗ったかのいずれかで、右側に座って景色を見たことは一度もない。ネットで特急券を予約するとき、今回はちゃんと右側の指定席を押さえておいた。最初の停車駅である岩見沢、ここは2000年に起きた火事により駅舎が消失して、あらためて建てられた駅である。室蘭本線との接続駅でもあるゆえ構内側線もいくつか現存し、プラットホームも長距離列車用にかなりの長さがあり、どことなく石炭輸送時代の雰囲気が残っている。ここは三笠市の幌内・幾春別へ向かう幌内線が分岐していたところだ。発車すると、細長い草地がしばらく並んだのち、ポプラが林立する草地となってすぐに右へ斜めに分岐していく。分岐手前で川を越えるが、橋梁はなんら残っていない。鉄道があったことを知らなければわからないくらいに痕跡がない。幌内線は、幌内で採掘された石炭を小樽の手宮港へ運ぶために開通した鉄道の一部区間で、北海道開拓の発展に貢献した道内最初の鉄道である。それだけに、こういった光景は少し淋しい気持ちになる。
 
つぎの停車駅は美唄である。美唄もかつて炭鉱の町で、三菱が運営していた美唄鉄道が、炭坑のある常盤台まで伸びていた。こちらの「カムイ29号」がその美唄駅の構内に差し掛かるころ、右手に緑の草地が見えた。これが廃線跡だろうか。駅は立派な橋上駅となり、常盤台方面へ発着していたと思われる場所は駐車場となっていて、炭鉱鉄道の面影はまったくない。函館本線のホームもプレハブのような近代的な屋根をかぶり、駅名標も東京などで当たり前になったナンバリング付きのもので(外国人がひと目でわかるように、駅名に番号を振ったもの)、もはや都市近郊の駅といった雰囲気だ。
 
つぎは砂川である。途中、茶志内・奈井江と小さな駅が連続するが、砂川も含めみな炭鉱があったところである。炭鉱町には、だいたい茶色く風化した廃墟の街並みや炭鉱住宅が残っているもので、それを見ようと車窓に目をやる。ひろびろとした田畑を静かにスムーズに進んでいくあいだに、茶志内・奈井江と無人の淋しい駅を、ジョイント音(線路のつなぎ目を通過するときのガタンゴトンの音のこと)をいっさい立てることなく、静かにスマートに通過する。周囲に廃墟のような建物や商店街らしきものがわずかに見えたが、炭鉱町だと知らなければわからないほどに目立たない。この線区は札幌と旭川をダイレクトに結ぶ役目のみ持っているといった印象である。架線柱の張られた都会的な電化複線のロングレールを、こうして特急電車でジョイント音を立てずに静かにスピーディーに進むことで、炭鉱町の印象が打ち消されてしまっているように思う。ひとつひとつ駅に停まる鈍行に乗ればまたちがうのだろうけれど、この快適な特急電車は、沿線風景の「ローカルさ」というものをいっさい削ぎ落しているように思う。停車駅の砂川は、上砂川への函館本線の上砂川支線と、歌志内への歌志内線が分岐していたところで、どちらも石炭輸送で活躍したが、すでに廃線となっている。上砂川は札幌方向、歌志内は旭川方向にそれぞれ分岐し、二線合わせてちょうどU字型の線形をしていた。上砂川線のホームはすこし離れたところにあり、本線のホームから木造の跨線橋を渡って階段を下りて行ったところに、豪快に大きくカーブした上砂川線のホームがあるという珍しい構造をしていた。廃止は1994年と比較的最近で、晩年は多くの側線がひしめいていたであろうだだっ広い敷地に、カーブしたホームと一本の線路があるだけであった。その面影が残っていないか、列車の窓から確認してみる。ホームがあったと思われる跡地の札幌寄りに、近代的な公共複合施設が建っている。駅舎は、やはり橋上駅となっている。旭川寄りのほうはロータリーや緑地となって、木造の跨線橋も残っていない。運炭線時代の面影はみじんもない。こちらのホームは、やはり近年作り直されたような近代的な風貌だ。特急電車はわずかな乗客の乗り降りが済むと、静かに発車する。ロングレール化された鉄道路線でも、主要駅ぐらいはだいたい側線を分岐・合流させるためのポイントがあって構内通過時にジョイント音がするものである。ところがこの砂川駅、かつてあったと思われる側線は、保線車両置き場用に残されたと思われるわずかな線路を残して、みなきれいに後片付けされている。歌志内・上砂川どちらの石炭路線などまるでもともとなかったかのように、上下線それぞれの本線レールだけのシンプルな配線となった構内を、音ひとつ立てずにスーっと滑らかに出ていく。ポプラの木々が生えた草地となった歌志内線跡が、左斜め前方にカーブしていくのだけは、なんとなく確認できた。
 
つぎは滝川である。途中に駅はなく、広大な空知川を巨大なトラス橋で渡ると、もう滝川だ。トラス橋の向こうに、滝川の街並みが見える。線内ではもっとも大きな都市である。炭鉱町ではないが、その東隣に赤平・芦別と炭鉱都市が連続してあって、その方面へ向かう根室本線が分岐している。この駅は工事中のところがあってオレンジの柵などが立っていたが、側線はそこそこあって、帯広・釧路方面の根室本線を分ける主要駅らしい雰囲気がある。本州の東海道新幹線にたとえてローカルさはないと思うとさっき書いたが、この滝川から旭川にかけては、こうして途中駅から分岐する鉄道路線や構内側線あり、古い駅舎ありで、田舎らしい地方幹線の雰囲気を帯びている。特急列車のダイヤだけは、規則的なことに変わりはないけれども。
 
つぎは深川、最後の主要駅である。左から留萌本線の線路がカーブしながら近づいてくると、深川駅にすべりこむ。留萌本線は以前は日本海側の留萌・増毛まで伸びていたが、ここ10年ほどで徐々に短縮されて、この訪問当時はすでに石狩沼田まで短い区間であった。それも、来年3月には全線廃止となる。今のところ留萌本線は現役であるから、その車両の留置・停泊用のものも含め、側線は左側に複数ある。線内の主要駅では唯一、改築や建て替えがされていない駅で、年季の入った白タイルの駅舎が、くたびれた印象を与えている。ホーム、屋根(上屋)も、改築されたような様子はない。
 
左手に路盤跡のはっきりしない幌加内方面の深名線跡を分けると、やがて前方に山が近づいてくる。つぎの納内駅は山の麓といったところで、すぐ右手に残骸だらけの廃墟が建っている。滝川あたりまで晴れていた空がだいぶ曇って、不気味さが際立っている。その納内を過ぎ、山が迫って長い嵐山トンネルに突入する。1960年代後半まで神居古潭の渓谷沿いを蒸気機関車や長編成のディーゼル急行が喘ぎながら越えていた地帯を、今はこうして山をつらぬいた長いトンネルでスムーズに電車で越えて行く。ついさっきまで継ぎ目のなかったレールも、このあたりはジョイント音を絶え間なく軽快に奏でる。トンネル内の壁に取り付けられた白色の蛍光灯が、連続的に窓の外を流れる。緩やかにスマートにカーブしながら5分ほど疾走すると、一瞬緑の木々があらわれ、またすぐにトンネルに入る。景色は見えないけれど、納内から見えた廃墟を含め、印象の薄い線区のなかでは楽しいと思える区間である。二つ目のトンネルを越えると、まもなく伊納の駅跡を通過する。並行した上り線の向こうの一段低いところに架線柱の張られた引き上げ線があって、そこに沿ってホーム跡がまっすぐ伸びている。砂利にだいぶ覆われていて、一見駅跡とはわかりにくい。伊納は最近(2021年)廃止されたばかりの駅だが、最近とはとても思えない。北海道の駅は廃止されると、すぐにこうも自然に還ってしまうものなのかと思う。
 
終盤でだいぶ地方幹線らしい雰囲気を楽しめたなと思っていると、やがて周囲が開けてきた。曇っていた空から、晴れ間が出てきた。すでに旭川の郊外に入っている。側線のひしめくカーブしたホームの近文を通過すると、まもなく石狩川を渡って真新しい高架の旭川に到着する。規則的な時刻の17時55分着、ホームから札幌方向を見ると、オレンジ色の夕陽がすがすがしく映っている。3面6線(ホームが3つ、線路が6本)の駅だが、左に宗谷本線の一両のディーゼルカー、右に札幌行きの特急「ライラック」がそれぞれのんびり停まっているだけで、がらんとしている。「カムイ」のそれぞれの乗降口がそのまま開放され、作業着に身を包んだ車内清掃員のひとたちが中に入る。乗り降りのドア部に縄が張られて、折り返し準備のためゴミの後片付けと座席の方向転換に取り掛かる。ゴミ捨て用の台車が、開放された乗降口のなかに見える。なんとものどかだ。ホームの待合室にあるセブンイレブンの自販機で冷たいカフェラテを買ってひと休みし、高架下の改札口へと下りて向かった。

#創作大賞2025 #エッセイ部門

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