権力者セクハラを抑え込む二つの小さな提案/コンプラ警句を掲げる@生きた教科書
■生きた教科書「福井県セクハラ報告書」を読む
リスクコラムニストの中井です。今回は、前福井県知事のセクハラメッセージ問題に関する特別調査委員の調査報告書(2026年01月07日公表)を読みました。被害女性の叫びは、あまりに悲痛です。「権力者のハラスメントを抑え込みたい」と考えて、二つの小さな提案をまとめてみました。
【1】コンプラ社会の制度疲労
ビル火災が起きて、入居する会社のスタッフさんが逃げるケースを想定してください。
・避難経路や非常通報ボタンの位置が周知徹底されていない
・館内が迷路のようで、どう逃げればよいか分からない
・逃げ方を同僚や上司に尋ねても分からない
こんなビルのオフィスで、働きたいですか?
ビル管理者は「避難経路も通報ボタンの場所も、マニュアルに書いてあります!」と反論するかもしれません。
でも、書いてあるだけじゃダメです。都心のオフィスビル管理会社で働いていたころ、万が一の場合に備えて、在館者数千人の安全避難策を考え続けました。今でもやっぱり、周知徹底されていなければ意味はないと思っています。
お分かりだと思いますが、ビルは福井県庁、火災は前知事のセクハラメッセージ、スタッフさんはセクハラメッセージの被害女性たちです。
女性らが早い段階でスムーズに逃げられて、火も消し止められていたら、こんな事態にはなりませんでした。
ハラスメント対策という緊急時のシステムとマニュアルが機能不全だったーー報告書の記述から私はそう読み取りました。
しかも、起こった場所は、コンプライアンス(法令順守)とかリスク管理とかハラスメント対策で模範を示すべき県庁です。コンプラ社会の制度疲労を象徴するようなケースだと思います。
【2】「マニュアル・ジレンマ」を打ち破る
具体例を一つだけ。福井県の人事課にはハラスメント相談窓口があったのに、被害にあった女性職員はその存在を知らなかったといいます。
報告書は「関連研修や『福井県ハラスメント防止ハンドブック』の配布などを通じて職員への周知が図られていたが、十分ではなかったと思われる」と分析しています。
正確を期すためにマニュアルごとの分量は多くなり、課題別に作られるのでマニュアルの数は増えていきます。読み切れる人は少ないので、マニュアルの意義も薄れる。実感に基づいて、これを「マニュアル・ジレンマ」と呼んでいます。
例えば、庁内の服装規定だったら問題はないかもしれません。しかし、ハラスメントのような緊急時のマニュアルは被害拡大につながるので、「マニュアル・ジレンマ」をなんとしても打ち破っておきたいと思います。(☞欄外①ご参照)
【3】コンプラ警句「家族に自信を持って話せるか?」
ここから、提言です。まず一つ目の小さな提言は、「コンプライアンス警句」の活用です。
どこの組織にも、まさに万巻のマニュアルがファイルされているはずですが、その全体の表紙はあるでしょうか。リーダーの意思が込められた巻頭言やタイトルは掲げてあるでしょうか。
昔話ばかりですいません。
新聞社で広報担当者をしていた約25年前、「読者に後ろ指をさされない」を肝に銘じていました。長年の読者(顧客)を一番大切にしたいという意味を込めた、自分自身に向けた“パーソナル警句”です。
即座に判断を求められる案件が多いので、マニュアルを見たり上司に相談したりする余裕がない。そんな時は、「読者の後ろ指」を意識して、一人で答えを探しました(正直に打ち明けると、後ろ指をさされたことが何度かあります。力不足でごめんなさい)。
いまならば、コンプライアンス関連のマニュアルの表紙に、組織のリーダー(絶対権力者)がコンプラ警句を掲げるのはどうでしょうか?
リーダーが構成メンバー全員に、覚えやすくて重要な指針を自分で考えて提示する。リーダーは当然その警句にまず自分が縛られる。警句に反する言動があれば、「寸鉄リーダーを刺す」(?)ような事態に陥るという仕組みです。
構成メンバーの側からすると、もちろんその指針に従って普段行動するのですが、なにかひどい目にあったら、その警句を相手に撃ち返す。または、その警句に反しているといって、上司に相談する。分厚いマニュアルを読んで細かい対処法を検討するのは、その後でいいのです。
シンプルが一番です。各企業・団体が定める長文の行動指針から一文をスパッと切り取って、マニュアル類の冒頭に「コンプラ警句」として掲げるだけでもOKです。
むかし、目にした二つの企業の行動指針に、似たようなフレーズがあったのを記憶しています。判断に迷ったとき、自分に問いかける言葉です。
「その行動は家族に自信を持って話せるか?」
「その行動は大切な人を悲しませないか?」
例えば、福井県の前知事がそんな警句をコンプラマニュアルの表紙に自ら高く掲げていたら、公約として県民に宣言していたら、働く仲間の県庁職員にも覚えさせていたら……。報告書で厳しく指弾された、あんな言動ができたでしょうか? (☞欄外②ご参照)
【4】コンビニエンス調査委員会が欲しい
二つ目は、被害者が特定されることによる二次被害の防止について。被害者に告発を躊躇させるような現行制度のヒズミは修正する必要がある。報告書を読んで痛感しました。
特に絶対権力者のハラスメントを防ぐ対策ですが、これはもう、外部の調査委員を常設組織として置いておくしかありません。絶対権力者のコンプラ警句に反する言動について通報があった場合は、すべて調査委員が今回と同じように調査分析するのです。使い勝手の良いコンビニエンス調査委員会が欲しいと思います。
忖度をしてしまうかもしれない庁内職員によらず、外部の第三者が専門的な知識とスキルを駆使して最初から調べる。
被害者にとっては、庁内職員ではないので身元がバレる不安が減り、いきなり外部専門家に調べられる絶対権力者は強い緊張感を抱くと思います。
日本テレビの対応が参考になるかもしれません。「答え合わせ」という要求を突っぱねている点です。フジテレビで起きた同様案件を研究して、誹謗中傷から社員を徹底的に守る構えなのだろうと思います。頑なだと指摘して日本テレビの対応を批判する人がいるかもしれませんが、誰かが強い決意を固めないと被害者を守れない実例だと私は思います。
一方で、今回の報告書でも指摘されていますが、告発された側の「防御権」をすべて奪い去るわけにもいきません。実はこの側面を無視できないので、問題は複雑化するんだと思います。
いずれにしても、告発側のプライバシーとの兼ね合いを天秤にかけて、冷静に知恵を絞る必要があります。やはり、最初から外部専門家の知識とスキルに頼るのが、一番安全だと思います。
【5】子や孫世代に後ろ指はさされたくない
絶対権力者が最高の人格者だったら、何の問題もないんです。そうでないケースの対処は難問だと、今回の報告書を読んでよく分かりました。だから類似案件が続くんだとも考えました(☞欄外③ご参照)。
一連の経緯について報告書は「被害者らの対応に一切の落ち度がない」と分析しています。それなのに、過酷な状況で長く苦しめられました。被害者がこんなに怯えないと通報できないのは、制度設計の失敗だと思います。
ときどき息が詰まるので、大きく深呼吸しながら報告書を読み進めるほどでした。前知事のメッセージ内容の酷さに注目が集まりますが、被害女性の声こそ広く共有されるべきと感じています。
例えば、ある被害女性は「県庁が、理不尽なことを我慢する必要のない職場になることを切に願う」と話したと報告書に記してあります。
報告書につづられた被害女性の声を受け止めて、いま、他人ごとで良いのかと自問しています。
私のような昭和世代には、子や孫たちに「理不尽」を強制しない社会を受け継ぐ責任があるんじゃないか。
子や孫の世代には、「理不尽」を強いる大人がいたら、大変だけど、みんなでスクラムを組んで押し返して欲しい。
その二つを、強く思っています。(☞欄外④ご参照)
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。子や孫の世代に後ろ指をさされないように、また、頑張ります。 <了>
【欄外①】自己紹介「『リスクコラム中井』始めます」でも書きましたが、マニュアル・ジレンマやコンプラ社会の制度疲労に対する懸念が、noteを始める大きなきっかけになっています。普通の人が普通の使い方をして有効に働くコンプライアンスやリスク管理のシステムでないと、意味がないと思うのです。
【欄外②】いま、ハラスメントに悩んでいる方は、組織の行動指針類をよく読んで、ピシャリと抑え込むようなフレーズを抜き出し、そのフレーズに反していると訴える手があるかもしれません。
【欄外③】毎日新聞デジタルは「なぜ相次ぐ? 行政トップのハラスメント」という記事を流しています。ことは、福井県だけにとどまらないようです。https://mainichi.jp/articles/20260107/k00/00m/040/243000c
【欄外④】福井県のHPにも掲出されている調査報告書12Pによると、最初に通報した人は「(前知事の)行為は常習性を感じるものであったため、自分以外にも被害者がいるかもしれず、また、このまま放置してはさらなる被害者が発生すると思い、二次被害は恐ろしかったが、勇気を出して通報した」ということです。また、追加調査のアンケートに応じた人は「これまで他の被害者の存在を知らず、黙って我慢していたが、他にも被害者がいると聞き、ショックだった。実名を出して調査で声をあげるのは精神的に負担だったが、このままでいいわけがない。通報者を一人にはできない、声を上げなければいけないと思った」という趣旨のことを話したそうです。
*保護猫ロクの祈り「あした天気になあれ」

