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地雷原の双子ちゃん&だんご3兄弟|戦地取材@#3生きた教科書を読む

 
 リスクコラム中井です。
 
地雷原に囲まれた病院で、双子の赤ちゃんに出会いました。
 
1991年8月29日午後。東アフリカのソマリア北部にあるベルバラという港町です。
 
先輩カメラマンと2人、難民取材のため東京からアフリカ入りした直後のことでした。
 
急きょ可能になったので、隣国ジブチから医療器具を運ぶ国際赤十字の小型飛行機に同乗させてもらい、たった1時間です。“危険”までの距離は、案外近いと実感しました。
 
管制塔は戦闘で破壊され、カメラマンが道を外れて写真を撮ろうとすると、赤十字スタッフから「マイン(地雷)!」と鋭い叫び声で静止させられます。
 
その年1月に内戦で政権が倒され、ベルバラを含む地域は分離独立を宣言して、混乱が続いていました。日本の大使館はなかったと思います。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員から、ソマリア北西部には地雷100万基が埋まっていて、救援活動最大の障害だと説明を受けました。
 
赤ちゃんは男の子と女の子。その日の午前6時に、2人とも2080gで生まれたばかりでした。大任を果たしたママは隣のベッドに大の字です。ピンク色をした赤ちゃんも2~3日すれば、ママと同じきれいな褐色の肌になると、女性看護スタッフから教えられました。
 
争いによって手酷く傷ついた80人余りの入院患者。そこに元気な声が響きます。特に男の子は大きく泣くのです。
 
命が交錯する忘れられない光景になりました。4月に小さく生まれた長女を東京に残していたから、ちょっと多めに心が震えたかもしれません。

中央左側が男の子 小型飛行機は出発地ジブチで撮影
管制塔とタンクはエチオピアで撮った写真かもしれません

 ■1人で動く理由

都内居酒屋で昨秋、先輩OBと食事しました。海外特派員としてホンモノの戦場で生き延びてきた猛者です。(☞欄外①)
 
「トランプ大統領は戦争嫌いじゃなかったですか?」などとアレコレ聞いているうちに、「戦地取材には徹底したリスク管理が必要」という話に流れ込みました。
 
組織のマニュアルでは、危険地帯で取材する際は複数の記者で行動するのが原則だそうです。しかし、経験や判断力、体力、語学力の差が大きい場合、「弱い方」にあわせた行動を強いられるので、危険性が増すーーと彼は考えていました。
 
実際に、一番危険な場所では、カメラマンは連れず、1人で行動したこともあったそうです。
 
戦地特派員は、戦場で見たこと、聞いたこと、感じたことを、誰かに知ってもらうのが仕事です。生きてなければ何も伝えられないので、安全には万全を期すのだーーと理解しました。
 
ちなみに、1991年はまだマニュアルがありませんでした。私のケースは、語学なんかできなくても、海外取材ほぼ初めてでも、「行ってこい」と会社が指示して「行きますよ」と応じる、無鉄砲な昭和サラリーマン物語とも言えます。防弾チョッキにヘルメット着用の戦地特派員と比べれば100倍(?)安全だったことが、とてもラッキーだったと思います。

■3人に1人は異質な夜

完全リタイアを控えた身辺整理で、段ボール箱の中にソマリアの取材ノートを見つけなければ、この原稿は書いてないかもしれません。
 
あれから、もう35年になります。
 
ソマリアはまだ不安定なようだけど、双子ちゃんはどうなったでしょうか。
 
年金の手取りはいくら、住宅ローンはどうする、ナフサがないと困るんだね……そんな身の回りのことで容量満杯ですけど、たまには「思い出す」とか「気づく」というのも悪くないですね。
 
いまの世界がどうなっているか、少し検索してみました。
 
例えばウクライナについて、ユニセフは今年2月、次のように伝えています。

<子どもの人口の3分の1以上に当たる258万9,900人が国内外で避難生活を続けています。>(☞欄外②)
 
異質な夜に眠る子供が「3人に1人」いることを、せめて忘れないようにしようと思いました。

 ■えぴろーぐ

ソマリアの後、エチオピアの難民キャンプを約20日間回って帰国し、連載記事で(双子ちゃんのことも)伝えました。

ノミだかシラミだかに散々刺されたり、猛烈な下痢と発熱に襲われたりもしていたので、長女を直ぐには抱かせてもらえませんでした。
 
そんな事を今回いろいろと考えていたら、日本にまだ平和が続いている奇跡に感謝したくなってきました。
 
だって、2480gで生まれた娘は母ちゃんになって、楽し気にバタバタ走り回っています。夏の終わりには、次々世代を生きる3人目を産む予定です。
 
すべて男の子なので、私は「男児(だんご)3兄弟」と呼んでいます。母ちゃんはバタバタバタと走り回る日々になるんだと思います。
 
        ◆  ◆  ◆
 
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。次の世代に後ろ指をさされないように、また、頑張ります。<了>
 
【欄外①】猛者OBの主な紛争地取材経験は、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、パレスチナ紛争、旧ユーゴ内戦です。ボスニアに長期滞在した貴重な記録も刊行(1996年)しています。運だけに頼れないキャリアですね。テレビで見る今の戦地特派員さんらも、どうか無事でと願います。
【欄外②】ウクライナ、4年続く戦争 3人に1人の子どもが国内外に避難 死傷者数は3年連続で増加
 
*ロクの祈り「あした天気になあれ」


「戦場がなくなればイイにゃ」