2024年の抱負
英会話の勉強をしようと思ったけど、日本語ですら人とコミュニケーションを取りたくない人は"会話"が無理じゃない?って奥さんに言われて確かにと思ってしまった。
僕はコミュニケーションが嫌いというわけではないと思っているのだけど、誰かに伝えたいと思うほど自分という商品を面白いと感じていないことに理由がある気がする。
誰かに自分の話をしたいのならば、自分自身をコンテンツにしなければならないのは当たり前の話なのだが、自分自身で価値を与えなければコンテンツにはなり得ないのも当たり前の話だ。
今年の正月は僕の実家に帰っていたのだが、とあることで奥さんを怒らせた。経緯や原因はさておくが、僕はいつも文句が多いということを批判された。
僕自身は文句のつもりは全く無かったのだが、受け取り手からすると文句に感じられただろうなと思う。
その後の自分の動きも悪くさらに怒りを重ねることになってしまったのが年始の顛末だった。
そのことを引きずってしまい、気持ちが解決しないまま色々探していた所NHKのクローズアップ現代の「妻が夫にキレるわけ ~“2800人の声”が語る現代夫婦考~」という記事を見つけた。
男性は、分析したり、考えてどうにかしたいんですね。
例えば奥さんが怒っている理由を知って、それに対する対策を考えれば、どうにかなるんじゃないかっていう、ファンタジーを持っていらっしゃるわけです。
話をして理由や対策がわかるなんていうのはファンタジーでしかなかったと言われてしまった。何かをしてもらったのならありがとうで良かっただけなのだ。ましてや意見を言うなんて…。
このエピソードや冒頭の話は全く別の話というわけではなく、僕自身に欠けているであろう共感能力の無さが根本にあるのかなと思っている。
とはいえ共感出来るようになろう!と目標を立てても仕方がない。今まで自然と出来なかったことが気持ちを変えたら出来るようになるものではない。
共感力が無い、共感されていないと感じる理由の一つはコーチング用語で言うアクノリッジメントが足りていないからと分析している。
アクノリッジメントは日本語だと存在承認と翻訳される、相手を認め感謝を伝えることを指している。
2023年は何もかも余裕がなく自分でも限界だなと思いながら生きていたが、年末年始でそのタガが緩んでしまっていたように感じる。そのことで奥さんや子どもたちの接し方が適切ではなかったことも反省ポイントである。
自分の足りていない部分を身に着けていくこと、それが2024年の目標としようと思う。
