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〜第2章〜 新ボーカリストへの道 (5)ボーカリスト「フィル・コリンズ」の誕生




リハーサル時から歌っていたフィル・コリンズ

先にも紹介したメロディ・メイカーの9月27日号に、彼らのリハーサルを取材した記者が書いた、ジェネシスの近況記事が掲載されています。記者がリハーサルスタジオを訪れたのは、恐らく9月中旬頃のことで、7月末から始まっていたリハーサルはほぼ終盤、つまりほとんどの曲が形になっている時期だと思います。

Situation normal, in fact. They are sat round in a circle, Hackett with his Les Paul plugged in but turned down fairly low, Rutherford and Tony Banks both playing 12-string acoustics, Phil Collins sitting in front of his drums while he sings through the complex melody line of the tune. I am reminded, as Phil bends his voice round the high notes, that he was always somewhat overshadowed vocally, and express the thought that he could well look after that department without any help from anyone. The guitars are put down, a few cans of Heineken and Guinness are passed round, and the point is considered. "Well," says Phil, looking in a "we're leicurely manner. We know we can make the album without having resident lead singer, with myself taking some of the vocals and also maybe trying out a couple of people whose voices we know we like. Then maybe they would shape up to be the man, or maybe they wouldn't."
実際、状況は普通だ。彼らは円陣を組んで座っており、ハケットはレスポールをつないでいるが、かなり音を下げている。ラザフォードとトニー・バンクスはともに12弦アコースティックを弾き、フィル・コリンズはドラムの前に座りながら、その曲の複雑なメロディーラインを歌っている。フィルが高音部分に声を張る時、私は、彼の声は常にやや影に隠れていたことを思い出して、彼なら誰の助けもなしにそのパートを十分にこなせるのではないか、という考えを伝えた。ギターが置かれ、ハイネケンとギネスの缶が何本か回され、その点が検討される。「まあね」とフィルは、どこか余裕のある口調で言う。「専属のリードシンガーがいなくてもアルバムは作れるってことはわかってる。僕がいくつかの曲でボーカルを担当したり、声が気に入っている何人かを試してみたりするかもしれない。そうすれば、その中から適任者が現れるかもしれないし、現れないかもしれない」

Here Beginneth Second Chapter of Genesis / Melody Maker Sep.27 1975

そうなのです。もうリハーサルの段階からずっと、フィルはドラムを演奏しながら、ほとんどの曲のメロディを歌っていたのです。そしてリハーサルを訪れた記者がそれに驚いて、「フィル・コリンズのボーカルで行けるのではないか?」と、すでにこの時点で素直な感想を語っているわけです。

記者はさらにダメ押しをします。

"But we're not in a hurry to get back on the road, and we'll take about two months after the album is out before we set foot on the road. That means that we've got time to look for someone who's right rather than just rush in." But couldn't Phil do the gig anyway, I insist?
「でも僕らは急いでツアーに戻るつもりはないし、アルバムがリリースされてからツアーに出るまでに2ヶ月くらいかけるだろうね。つまり、ただ急いで飛び込むんじゃなく、適任者を探す時間があるということだよ」しかしフィルがとにかくその仕事をできるのではないか、と私は主張する。

"I think singing from the drums is a very difficult thing to do for a start," says Tony Banks. "And there are a lot old numbers that we'd like to do which would be impossible with that line-up. even if it was practical, because they need different, more gutsy singing, and a fuller voice, which we don't have in the band at present.
「まず第一に、ドラムを叩きながら歌うのは、かなり難しいことだと思うんだ」とトニー・バンクスは言う。「それに、僕らがやりたい昔の曲がたくさんあるけれど、その編成では不可能なんだ。たとえ実際にできたとしてもね。というのも、そういう曲には、もっと違う、力強い歌い方や、より豊かな声が必要で、今のバンドにはそれがないんだ」

Here Beginneth Second Chapter of Genesis / Melody Maker Sep.27 1975

確かにその通りなのです。もし The Musical Box をフィルがドラムを叩きながら歌えたとしても、それでは見応えのあるライブには全くならないわけですから。ただ、ひとつ補足すると、「アルバムがリリースされてから2か月後くらいにツアーに出る。その間に適任者を探す」みたいな事をフィルが言ってます。なんかちょっと変な感じを受けますが、この段階から、「万が一自分が全曲歌ってアルバムをリリースすることになっても、ツアーには別のボーカリストをキャスティングする」ということを保険として考えていたふしがあるのですね。これがこのコメントの背景ではないかと思います。


スティーブ・ハケットの意見

ところが、スティーブだけは、最初から「フィルが歌えばいいじゃん」と思ってたというのです。ちょうど9月25日にサリー州の教会で、フィルの結婚式が行われています。このときジョン・アンダーソンが参列していて、スティーブと、こんな会話をしているのですね。

Hackett: "Phil was absolutely the right choice to replace Pete, but I already knew that because he was already singing on VOYAGE OF THE ACOLYTE and the very first thing I wrote on that first album, NURERY CRYME, (For Absent Friends) was something Phil sang. I was already very much in Phil's camp there and behind him singing but I know that Tony and Mike didn't want that.
ハケット:「フィルがピーターの後任としてまさに適任だったのは間違いないし、僕はそれを前から分かってたんだ。というのも、彼は Voyage of the Acolyte ですでに歌ってくれていたし、僕が最初に書いた Nursery Cryme の曲( For Absent Friends )でもフィルが歌っていたからね。だから僕は最初からフィル派だったし、彼が歌うことに全面的に賛成してた。でも、トニーとマイクはその案には乗り気じゃなかったんだ。

I remember being at Phil's first wedding and Jon Anderson was there and he said to me, 'Why don't you make Phil the singer and get in another instrumentalist?'. And I said, 'Yes, that's exactly what I would do. It's a very good idea, Jon, but I don't think the others would go for that'.
フィルの最初の結婚式に出席したときのことも覚えてるよ。ジョン・アンダーソンが来ていて、彼が僕にこう言ったんだ。「フィルをボーカルにして、楽器のメンバーを新しく入れればいいじゃないか」って。僕は「そう、それがまさに僕がやりたいことだよ。いいアイデアだね、ジョン。でも他のメンバーが納得しないと思うよ」って答えたんだ。

GENESIS 1975 to 2025: The Phil Collins Years / Mario Giammetti

この結婚式は、ミック・ストリックランドがレコーディングに呼ばれる前に行われていたと思います。でも、そのときからスティーブは、「やっぱりフィルがやればいい」と思っていたし、ジョン・アンダーソンも同じ意見だったということですね。

こうして、周囲の人たちからも、「あんたが歌いなよ」と、あちこちで言われてきたわけなのです。ただ、最後までこれに反対したのは、マイク・ラザフォードとトニー・バンクスだったのです。


何故、フィル・コリンズではダメだったのか?

ただ、マイクとトニーも、フィルの歌を否定していたわけではないのです。

TONY: We had always thought Phil would sing a couple of the softer songs, like ‘Mad Man Moon’ and ‘Ripples, because we knew he could handle them, but we never believed he could sing anything that had some body to it.
トニー:僕らは、フィルは Mad Man Moon や Ripples のようなソフトな曲なら歌えるとずっと思ってたよ。彼が歌いこなせることは分かってたんだけど、ボディーのあるものを歌えるとは思っていなかったんだ。

MIKE: Phil's voice was always very pure, like a choirboy’s, and Pete’s always had a bit of grit in it, so we couldn’t imagine Phil taking over the whole range of songs because he didn’t have that broken, husky sound.
マイク: フィルの声は聖歌隊員のようなとてもピュアなもので、ピートの声はいつも少し硬質なものだったね。だから、フィルが全曲を担当することは想像できなかったんだ。フィルにはあの壊れたようなハスキーな音がないからなんだ。

Genesis Chapter & Verse

もともと彼らも、かつてフィルが歌った曲をアルバムに入れたように、今回も Mad Man Moon と Ripples については、フィルの歌でアルバムに収録することは考えていたのです。ただ、マイクとトニーの共作であった Squonk をフィルが歌いこなせるとは思ってなかったわけで、だからこそ「メインとなるシンガー」を探すことに固執していたのでした。


フィル・コリンズの立候補

そして、ミック・ストリックランドがNGとなったとき、いよいよフィル・コリンズが、自ら Squonk を歌ってみると申し出るのです。これは、ミック・ストリックランドが帰った次の日、つまりトニー・バンクスがその録音を聴いて「ありえない」とダメ出しをしたその日の出来事のようです。

Banks: "Phil was always going to sing a few of the softer songs, such as Mad Man Moon and Ripples, and he said 'give me a go on Squonk and see how it goes' and it sounded good."
バンクス:「フィルはもともと、Mad Man Moon や Ripples みたいなソフトな曲をいくつか歌う予定だったんだけど、彼が『 Squonk もやらせてみてくれよ、どうなるか試してみよう』って言ってね。そして実際に歌ってみたら、すごく良かったんだ。」

GENESIS 1975 to 2025: The Phil Collins Years / Mario Giammetti

Collins: "So I went down to the studio, downstairs into the booth and I started singing. And you know, at the end of the song I looked up and everyone was going 'Yeah, it was all right!'. We tried it again and then we went through the songs one by one, knocking them off really, and we finished the album. I don't know how long it took; a couple of weeks probably."
コリンズ:「それで僕はスタジオに降りて、ブースに入って歌い始めたんだ。で、曲の最後に顔を上げてみたら、みんなが『うん、悪くないじゃん!』って感じでさ。もう一度やってみて、そこからは1曲ずつ順番に録っていったんだ。どんどん片付けていって、最終的にアルバムが完成したよ。どれくらいかかったかは覚えてないけど、たぶん2週間くらいだったんじゃないかな。

GENESIS 1975 to 2025: The Phil Collins Years / Mario Giammetti

いざやってみたらすぐに、他のボーカリストなんかいらない状態になってしまったのです。こうして、ついに、ボーカリスト、フィル・コリンズが誕生したのです。

Banks: "I think it took him two or three albums to develop what you might call a really good, hard soulful voice. Of course, the great advantage of Phil already being in the band was that audiences would be more receptive, but it was a question of whether Phil would want to become the singer rather than the drummer. But he was up for it and that made all the difference really."
バンクス:「フィルが、本当に良い芯のあるソウルフルな声を手に入れるまでには、2〜3枚のアルバムが必要だったと思うよ。でも、フィルがすでにバンドの一員だったっていうのは大きな利点だった。というのも、観客がより受け入れやすかったからね。ただ問題は、フィル自身がドラマーではなくボーカルになりたいと思うかどうかだった。でも彼はその気になってくれて、それがすべてを決定づけたんだよ」

GENESIS 1975 to 2025: The Phil Collins Years / Mario Giammetti


フィル・コリンズの声はピーター・ガブリエルに似ていたのか?

こうして、フィル・コリンズがリードボーカルを務めたアルバムがリリースされ、世間は、「声がピーター・ガブリエルにそっくりだ」と驚くわけですが、マイク・ラザフォードは全く別の意見を持っています。

It sounds strange to say now but Phil's voice then was not the voice it would become. Strat would often be quoted as saying that Phil sounded more like Pete than Pete did, but actually their voices weren't at all similar. It only seemed that way if they were singing the same song, the same Genesis-style melody. What people also tended to forget was that Phil had always sung backing vocals with Pete, so Phil's voice was already familiar - when we played live what people were hearing was often a combination of the two of them. But the truth was that in 1976 Phil had a pure, choirboy voice whereas Pete had an R & B raunch, which was what you needed for a song like ‘Squonk’. After a little more unchoirboylike living - life on the road, drinking and drugs — Phil got the raunch too, but back then he was still a bit too healthy.
今考えると不思議だけど、当時のフィルの声は、後に彼の代名詞となる声とは違ってたんだ。ストラット*はよく、「フィルはピートよりもピートらしい声だ」と言ってたけど、実際には二人の声はまったく似てなかったよ。同じ曲、同じジェネシス風のメロディーを歌っているときだけ、そう聞こえたんだ。みんなが忘れがちだったのは、フィルが以前からピートのバッキングボーカルを務めていたことだよ。そのため、フィルの声はすでに聴き慣れたものだったんだ。ライブで聴こえていたのは、実は彼ら二人の声が合わさったものだったんだ。しかし本当のところ、1976年のフィルは純粋な聖歌隊の少年の声を持っていたけど、ピートは Squonk のような曲に必要とされる、R&B風の粗野な声質を持っていた。修道院の聖歌隊の少年のような生活とはかけ離れた、放浪、飲酒、ドラッグ漬けの日々を送るうちに、フィルにも下品な一面が出てきたんだよ。でも当時、彼はまだちょっと健康的すぎたんだ。

*訳注:ストラットとは、トニー・ストラットン・スミス(カリスマレコード社長)のこと。

The Living Years / Mike Rutherford


最後のコメントは、ラザフォードのジョークでしょうが、結局リハーサル段階で彼らが聴いていたフィルの歌は、まだそれほどでもなかったということかもしれません。トニーも言うように、アルバムを重ねる毎にフィルの歌が進化していったとことは、ファンならば誰もが認識していると思います。ひょっとして、フィルはリハーサル〜レコーディングまでの極めて短期間の間にも歌のレベルを上げていたのかもしれません。それほどの隠れた才能の持ち主だったということなのでしょう。そして、これが後に全米ビルボードNo.1ソングを7曲も持つことになる、80年代を代表する偉大なロックシンガーが覚醒した瞬間だったのです。

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