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〜第5章〜 A Trick of The Tailツアーの全貌 (1)全く新しいライブステージ


ビル・ブルーフォード参加のアナウンス

BRUFORD JOINS GENESIS / Melody Maker 13th Mar. 1976

1976年2月13日にアルバムがリリースされ、その1ヶ月ほど後にツアー予定と、ゲストプレイヤーとしてビル・ブルーフォードが参加することがアナウンスされました。ジャーナリストや一般のリスナーが新譜を驚きを持って受け止め、それが拡散し始めているそんなタイミングで、これが発表されたのです。ここで、フィル・コリンズがボーカルに専念して、これまでと全く異なるステージが、ビル・ブルーフォードをゲストに迎えて行われることが、世に広く知られることになったのです。


演出プランの再構築

これまでピーター・ガブリエルの奇抜なコスチュームやアクションを中心に、残りの全メンバーが着席しているという、かなり珍しい独特なステージを行っていたジェネシスですが、フィル・コリンズをフロントマンにしたことにより、「マスクとコスチュームの廃止」は即決だったようです。つまりSupper's Ready であっても、フィルが素のままで歌うことにしたわけです。あのマスクやマントをフィルが継承するというのは、そもそもは本人が拒否していたし、誰がどう考えてもあり得なかったのでしょう。

I've already made it very clear that I'm not going to be able to do what Peter did. I will not be sporting Andy’s camisole or a badger pelt. But what will I wear? The workman's overalls that did the job when I was just the drummer? Or is that too, well, workmanlike? I can wear a flat cap and Edwardian coat for “Robbery, Assault and Battery,” but that’s as theatrical as I'm prepared to go.
僕はもともと、ピーターがしたようなことはできないとはっきり言っていた。アンディのキャミソールやアナグマの毛皮を身につけるつもりなんかないよ。でも、いったい何を着ればいいんだ? ドラマーだったころに着ていた作業服のようなオーバーオールか? それだと、あまりに作業着すぎるだろうか? Robbery, Assault and Battery ではフラットキャップにエドワーディアン風のコートを着たけど、それが僕ができる最大限の演劇的な装いだよ。

Not Dead Yet / Phil Collins

それでも例外的に、Robbery, Assault and Battery のときだけ、フィルがコートとハットを身につけて、歌のキャラクターになりきって歌うという演出が行われましたが、これは、ピーター風演出の継承というより、フィルらしさを前面に出した演出だったのだと思います。

ところが、それだけでは、やはりステージ演出としては物足りないと誰もが感じたのでしょう。これを補うために、彼らは照明にさらに力を入れることにしたのです。後に、バリライトの開発に資金を提供するほど彼らがステージ照明にこだわった原点はここにあるのです。このとき彼らは、ピンク・フロイド的なステージを目指したのだとコメントしています。

Hackett: "I remember later on having this conversation with Brian May of Queen where we were saying, 'I don't know who was winning the competition for having more lights on stage, you guys or us!'. Perhaps, having lost our original frontman, we thought we could be more like Pink Floyd who just stood there and played with a light show going on around them, so we invested more in the lights and I think that helped to sell the music."
ハケット:「後にクイーンのブライアン・メイと「ステージ上の照明の数はどっちが勝ってたかね。君たちか僕たちか!」なんて話をしたのを覚えてるよ。オリジナルのフロントマンを失った後、僕らはピンク・フロイドのようにただ立って演奏するだけで、周囲で照明ショーが展開されるようなスタイルを目指そうと考え、照明にさらに投資したんだ。それが音楽の魅力を高めるのに役立ったと思うよ」

GENESIS 1975 to 2025: The Phil Collins Years /Mario Giammetti

結果的に、ステージでピーターほどのパフォーマンスが期待できないフィルを盛り立てるためには、照明に頼るという方針だったわけです。そして、The Lamb のステージでも使用したスライドプロジェクターを再び導入して、照明と映像のハイブリッドのような演出も行ったわけです。このときのスライド映写は、The Lamb ツアーの時に比べれば小規模なものでしたし、照明も固定ライトだけの原始的なものでした。しかし、この段階で後の「バリライト+巨大スクリーン」のような、コンサート演出の定番となるスタイルの、原型のようなことをやったわけなのです。

Hackett: "I think we all felt that Phil was under a lot of pressure at that time and we were starting to come forward as personalities. Mike and I were now standing up and there was this idea that we should all wear white so we'd be picked up by the lights."
ハケット:「あの時は、フィルはかなりのプレッシャーにさらされていたとみんなが感じていて、僕らも個性を発揮し始めていた。マイクと僕は立ち上がって、みんなで白い服を着れば照明に映えるというアイデアがあったんだ」

GENESIS 1975 to 2025: The Phil Collins Years /Mario Giammetti

彼らは、こんな事情で「ステージで座るのをやめた」というわけです。変わってますよね(笑)


コンサートのMC

さらに、フロントに立つことになったフィルが一番悩んでいたのは、歌うことよりも、「観客に何を話すか」ということだったのです。以前はピーターがこれをすべて引き受けて、奇妙な小話などをしていたわけです。もともとステージでギターのチューニングの時間を稼ぐ必要があって始まったことだったのですが、これをどういうスタイルで引き継ぐかを、フィルは考えていたわけです。

その結果フィルは、The Cinema Show の紹介MCとして、ロミオとジュリエットという恋人のちょっとお下品な話をでっち上げ、そして、これを紙に書いて読み上げるような、スタイルを自ら作ったのでした。(この小話は、and then there were threeツアーまでやっていて、日本初公演の時フィルが日本語で披露しています。ついでに言うと、I Know What I Like の間奏時に披露されるあの「タンバリンダンス」の初期バージョンも、このツアーで初披露されたものです)

ただ、曲間のMCも全部フィル一人に任せるのは、流石に負担が過ぎるだろうとメンバーは考えたのです。そこで次に採用されたのは、スティーブとマイクが、何曲か曲紹介のMCを行うことでした。シャイなトニーは、この役を頑なに拒んだそうでして、ここではトニーは全くバンドに貢献しなかったのでした(笑) ただ、スティーブとマイクのMCは、このときのツアーだけで、次のツアーからは完璧にフィル一人のMCとなったのでした。


セットリスト

このときのツアーでは、下記の曲が演奏されました。ツアー中のセットリスト変更はなかったようです。

Dance on a Volcano
The Lamb Medley
 - Fly on a Windshield - Broadway Melody of 1974 - The Carpet Crawlers
The Cinema Show
Robbery, Assault and Battery
White Mountain
Firth of Fifth
Entangled
Squonk
Supper's Ready
I Know What I Like
Los Endos
Encore:It - Watcher of The Skies

The Lamb のアルバムからは、メドレーとして3曲選ばれました。これはフィルのMCで、よくLamb Stew(ヒツジのシチュー)と紹介されたメドレーです。この選曲について、マイクは、「Fly on a Windshield と Broadway Melody of 1974 は自分たちが演奏したかった曲、The Carpet Crawlers は観客が聴きたかった曲」だとコメントしています。

珍しいのは、White Mountain という、彼らの2ndアルバム Trespass(邦題:侵入) 収録曲という、それまでのステージでもほとんど演奏されていなかった曲が選ばれています。これについて、トニーは「フィルとスティーブがそれまで演奏したことがなかった曲だけど、いつもやったことのない曲をステージでやってみたかった。それ以外特に理由はない」とコメントしています。

Supper's Ready は、フルで演奏されたのですが、北米でスタートした最初の数公演では演奏されなかったという情報があるのですが、これはあまりはっきりしていないようです。Supper's Ready をフル演奏したとして、フィルは、全12曲中(メドレーを1曲と数えて)、7曲もピーターの曲をカバーして、それを違和感なく歌いこなしたということも、このツアーで特筆すべきことだったのだと思います。

当然ステージでは全曲ビル・ブルーフォードがドラムを担当しており、いくつかのパートでフィルとのツインドラムとなるわけです。この時のライブ音源がオフィシャルでリリースされているのは、The Cinema Show(Seconds Out収録)と、アンコールのIt - Watcher of The Skies(Three Sides Liveの英国版D面収録)だけです。

これらを聴けば、このツインドラムは、もはやロックの遺産レベルの凄いパフォーマンスなのですが、実際はビル・ブルーフォードはジェネシスにあまりうまくハマらず、いろいろと言われているようで、その話は次回に…^^

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