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神の子

【あらすじ】
ー選ばれし、子供たち。
幼い時の記憶は2つ。神殿の光と、姉の笑顔。その2つを胸に生きてきた藤枝葉月は、姉の優花が死んで7年、ようやく姉と同じ刑事になった。そこには、姉の恋人・水谷壮太がいた。水谷は姉の死に関わっている。葉月はそう確信していた。雨の降ったあの日、姉はなぜ死んだのか。姉が追っていた事件は何なのか。ー私はあなたを許さない。水谷とペアを組むことになった葉月はそう告げた。そして水谷は、ー優花は俺が殺したんだ、と言った。その頃、管轄の地域では殺人事件が起きる。


1.CASE1   微熱(一)(二)(三)
2.CASE2 群青(一)(二)(三)
3.CASE3 聖人(一)(二)(三)
4.CASE4 潔白(一)(二)(三) 
5.CASE0 記憶(一)(二)(三)
6.CASE0♯ 罪  (一)(二)(三)
7.CASE5 未知(一)(二)(三)
8.CASE6 独白(一)(二)(三)
9.CASE7  光   (一)(二)(三)


1.CASE1 微熱 (一)

 ステンドグラスから射し込む光は、異質な空間を彩るように煌めて見えた。深く呼吸を繰り返すと、澄んだ空気が全身を駆けめぐっていくようだった。

「どうぞ、私をお守りください」

 祈りの声は、誰に届くというのだろうか。疑問に思う自分はもう、汚れている。その想いそのものが神への冒涜だと、罪の意識がゆっくりと襲ってくるようだった。


§


 ヒールの高い靴は履かない。藤枝葉月は、仕事以外でも、そう決めていた。いつでも警察官であることを忘れない。それが姉への償いだと、どこか強迫行為のように強いこだわりがあった。肩まで伸びた黒髪もその一つだ。あの日の姉に近づければ、きっと何かが変わる。そう信じていた。

 刑事課に配属が決まった日、すべての時間を仕事に捧げてきた葉月は、間違いではなかったと少しだけホッとしていた。あの日から、姉と同じ場所に立つことだけを目標にしてきた。自分へのご褒美のつもりで、その日だけはヒールの高い靴を履いた。ショーウィンドウに映る姿に立ち止まると、7年前の何も知らない自分がそこにいるような気がした。そんな自分に吐き気がし、急いで靴屋に向かった。

 ここがゴールになってはいけない。葉月は、自分を奮い立たせるように右頬を軽く叩くと、刑事課のドアを開けた。

「藤枝葉月と申します。今日からよろしくお願いします」

 デスクには数名の刑事がいたが、その誰もが葉月に気づかぬふりをして背を向けた。女のお前に何ができると、口には出さない時代錯誤の声が突き刺さる。頭を下げても、返事はない。こんな扱いを受けることは慣れている。どんな想いでここまで来たと思っているか。葉月は、負けてたまるかと歯を噛みしめ、スッと頭を上げた。と、後ろから声がした。

「いやぁ、待っていましたよ」

 振り返ると、そこには課長の木下哲がいた。木下は、白髪交じりの頭を搔きながら、にこやかに葉月を室内へと、招き入れた。

「出迎えられず申し訳ないね。ちょっと会議があったもんでね。さぁ、そこ、座って」

 葉月は、促されるままソファーに腰をかけると、黒のバッグを床に置こうとして手を止めた。

「それ、愛花さんのだね。よく、覚えているよ」

 姉の形見と呼べるものは、これしかない。その他の遺留品着は、まだ警察に保管されている。

「愛花さんも、この日を喜んでいると思うよ」

 木下は、懐かしむように一番奥の席を見つめる。その眼差しは、あの日助けられなかった無念さを滲ませているようだった。その後、木下はふっくらとした頬を上げると目くばせをした。一人の刑事が、合図を受け取ったのか、嫌々ながらに、水を運んできた。目の前に乱暴に置かれた紙コップの水は、ゆらゆらと揺れていた。

「すまないねぇ。正直、この人事に不満を持っている奴はいてねぇ」

「大丈夫です。慣れていますから」

 木下の推薦がなければ、こんなに早く刑事課に配属されることはなかっただろう。葉月もそれは心得ていた。

「実力で見返すしかない」

 心の中を読まれたのか、想いを代弁するように木下が言った。

「愛花さんのことを知っている刑事も数名残っているから、心配ないよ」

「はい」

 と、一本の電話音が鳴った。一人の刑事が、慌ただしく応対すると、すぐに木下に向かって声をだした。

「課長、東区殺人事件の応援要請、まだかって現場からです」

「あぁ、はいはい。藤枝さん、行ってくれるかね。被害者の同棲相手の女性、なかなか口を割らなくてね。話を聞いてきてくれないか」

 
§

 野次馬をかき分け、規制線まで進む。昨夜からの大雨でできた水たまりは、快晴の今でもまだ消えてはいなかった。大通りから一本入った道沿いに現場となったアパートがある。規制線からのぞき込むと、建物の入り組んだ先には、2階建ての白いアパートが見えた。鑑識や刑事たちが何人も行き来している。

「血の匂い…」

 葉月は、思わず鼻を抑えた。この匂いはいつまでたっても慣れない。規制線を見張る警察官に頭をさげると、息を止めるようにして現場へ向かった。
 階段の手すりは、日当たりのせいもあるのか、まだ湿ったままだった。

「失礼します」

 鑑識が、作業を終えたのか、慌ただしく玄関から出入りしている。人込みを避けるようにして、203号室を目指した。

「あ、こっちこっち」
 
 ドアから顔を出したのは、小柄な若い男だった。手を上げて葉月を呼んでいる。華奢な体つきのせいか、出入りする鑑識たちとぶつかるたびに、すみません、とドアに張り付いていた。腰の低さは人柄なのか、なんだか憎めない人物に思えた。

「俺、山東実嗣といいます。藤枝さんですよね、待ってました。あ、壮太さん!」

 山東が1階に向け声を出す。ふと、駐車場に目をやると、その声に振り返る男がいた。

-水谷壮太

 長身で肩幅の広い背中は少し猫背で、7年前の雨の日にみた男と同じだ。目があった瞬間、あの日に、引き戻されたような感覚に陥った。長めの前髪からのぞく瞳は、どこか寂し気に思えた。あの日から、水谷はきっと姉のことを忘れてなんていない。そう信じたい自分が、どこか水谷という人物を歪んで認識してしまいそうで、ハッとした。

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