IPO減少は悲観材料なのか?IVS2026で考えたスタートアップ市場の構造変化
昨年に引き続き、7月1日(水)〜3日(金)にかけて京都みやこめっせ・ホテルオークラで開催された、13,000人超が参加する日本最大規模のスタートアップカンファレンスのIVS 2026に行ってきました。
今回のIVSを受けて、「上場」が消え、EXITがM&A前提になった、という趣旨の、ややスタートアップを冷笑する言説も見かけました。
たしかに、IPOをめぐる空気が変わっていたのは事実です。小型IPOは以前より難しくなり、M&Aやセカンダリーを含めた出口設計の重要性も増しています。
ただ、それは日本のスタートアップ市場が冷え込んでいるということなのでしょうか。IPO減少は、本当に悲観材料なのでしょうか?
IPOハードルが上がったのはなぜか?どう上がったのか?など知らない方もいると思うので、今回はIVS2026のレポートと絡めてそのあたりを解説できればと思います。
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■IPO減少は悲観材料なのか?
今年のIVSでIPOをめぐる空気が変わっていたのは事実です。グロース市場の上場維持基準の見直しを受けて、小型IPOは以前より難しくなり、M&Aやセカンダリーを含めた出口設計の重要性も増しています。
ただ、それをもって「スタートアップ市場が冷え込んだ」「上場という夢が消えた」と語ってしまうと、いま起きている変化の本質を見誤ると思います。
IPOが減っていることは悲観材料なのでしょうか?
私は、必ずしもそうではないと考えています。むしろ起きているのは、小さく上場することを前提にした市場から、未上場でより大きく育て、IPO・M&A・セカンダリーを組み合わせて出口を設計する市場への移行です。
今年のIVS2026は、その構造変化がかなりはっきり見えたイベントだったように思います。
■IVS2026で感じた空気感の変化
昨年IVSに参加した時はAI熱がもの凄くて、「生成AIは進化が早く、未来はもっと良くなるという久しぶりの楽観的な空気感」を感じました。

それに対し今回(2026年)は生成AIのセッションはそこまで多くなく、政府の掲げる日本成長戦略の戦略17分野に該当するセッションが組まれていたように感じます。具体的にはディープテック、量子コンピューティング、防衛、航空宇宙、フードテック、マテリアル、コンテンツ(アニメ・ゲーム)等々です。
それプラス、グロース市場の上場維持基準変更による投資環境の変化についての話が色々と聞こえ、「IPOハードルが上がったことによる、日本のスタートアップのターニングポイント」をイベントの端々で感じました。
私の今回のIVSへの参加モチベーションは、5月末にpaizaの役員を退任し、新しい事業づくりを開始している(事業開発をしている)タイミングだったので、幅広くいろいろな人と話をして事業のネタ探しすることが目的です。
IVSは例年3日間の開催ですが、前回は仕事の都合もあり1日目の夜に京都入りして、2、3日目のセッションとサイドイベントに出るという参加スタイルでしたが、今回は前日入りして0日目のサイドイベントから3日間のフル参加をしてきました。
結果的には5つのサイドイベント、16セッション、10名の1on1ショートmtgで約40名程度の方と話をさせてもらい、次にやる事業の様々なヒントを貰えました。
話をさせていただいたのはVCの方、起業家、事業会社の投資サイドの方、エンジェル投資家、銀行の方、学生、スタートアップの方々等々、幅広い人達で、多くの刺激と情報をいただけました。
■きっかけはグロース市場の上場維持基準の変更
IPOが厳しくなったという話は最近よく聴くようになりましたが、なぜそうなったか丁寧に解説できる人は少ないのではないでしょうか。
ターニングポイントとなったのは昨年9月の東証のグロース市場の上場維持基準の変更です。東証からグロース市場の上場維持基準が上場10年後時価総額40億円以上から、5年後時価総額100億円以上に変更され、ハードルが大幅に上がりました。
具体的な制度変更としては2024年12月から本格議論、2025年4月に「5年100億円」案が明文化、2025年9月26日にパブリックコメントとして公表、2025年12月1日に正式な規則改正として公表、という流れです。
昨年のIVS(25年7月)では知っている人は知っていたが(実はその時点でM&A相談は増加していると聞いていました)、パブリックコメントが出る前で多くの人はまだ知らない、という状況でした。
この100億円というのがどういう水準かというと、2025年時点のグロース市場の上場会社は約600社、時価総額100億円以上が約200社、40億円以上~100億円未満が約200社、当時の上場廃止水準である40億円未満が約200社、というのが大体の概観です。
つまり上場維持基準時価総額100億円というのはグロース市場の2/3が抵触する非常に厳しいルールなのです。ではなぜこの厳しい基準になったのでしょうか?
■なぜ100億円基準なのか:機関投資家から見た小型株の難しさ
厳しい基準になったのは、上場市場において時価総額が200−300億円程度にならないと機関投資家の投資対象にならないことがほとんどだからです。
機関投資家とは、年金基金や投資信託、保険会社、銀行、資産運用会社などが、数十億円〜数兆円規模のお金を運用する法人投資家です。
機関投資家にとって時価総額100億円は最低限ウォッチされる可能性が出る水準であり、200〜300億円は実際に一定額を入れて、保有・売却まで現実的に設計しやすくなる水準です。
つまり東証の100億円基準は、機関投資家が本格的に買う十分条件というより、40億円では低すぎるため、まず投資対象の俎上に乗せるための下限として100億円に引き上げた、というのが正しい見方になります。
なぜ時価総額が200−300億円以上でないと機関投資家の対象にならないかというと、「効率性の面」と「流動性の面」の2つの側面からになります。
効率性の面
機関投資家が1社に投資する際には、単に株を買うだけではありません。銘柄スクリーニング、決算分析、事業理解、競合比較、経営者面談、モデル作成、投資メモ作成、社内投資会議、コンプライアンス確認、保有後のモニタリング、議決権行使、エンゲージメントなどが発生します。
ここで重要なのは、時価総額40億円の会社でも、400億円の会社でも、調査・意思決定・モニタリングの固定費はあまり変わらないという点です。
流動性の面
機関投資家は、数億円、場合によっては十数億円のポジションを時間をかけて作り、悪材料が出た場合や機関投資家が運用するファンドの資金流出があった場合には、一定期間内に売却する必要があります。
しかし時価総額・流通総額が小さい会社では、ファンドの占有率が大きくなってしまうため次の問題が起きます。
少し買うだけで株価が上がる
買い進めると平均取得単価が上がる
売るときに自分の売りで株価を下げる
悪材料時には買い手が消え、出口がなくなる
これをマーケットインパクト、または流動性リスクと呼びます。
このような理由により時価総額200億円未満の会社には機関投資家がつきにくくなります。
機関投資家がつかないと株価はなかなか上がりません。株価が上がっていかないと株式市場からの資金調達がままならず、資金が調達できないと事業投資もできず、結果的に事業成長もしづらくなります。
スモールIPOであってもその後大きく伸びる会社もあるため、一概にスモールIPOが悪いというわけではなく、上場ゴールとなってしまい、成長もせずというホールド状態になる企業を増やすのは避けたい、というのがマーケット要請なのだと思います。
■スタートアップへの出資金額は減ったのか?
スタートアップ市場が冷え切っている、という見方は、実際の数字を見るとやや乱暴な論調だと感じます。国内スタートアップの資金調達額は、2022年をピークに調整したものの、2023〜2025年は7,500億円台で横ばいに近い推移です。
一方で、調達額の中央値は下がっており、裾野では厳しさが増している。つまり、資金が消えたのではなく、資金のつき方が変わったというのが実態に近いと思います。
直近の国内スタートアップ資金調達額(デッドを除く)は次のような推移です。
2023年:7,536億円
2024年:7,793億円
2025年:7,613億円
※Speedaのスタートアップ調達トレンドの各年の発表時点での数字
この数字を見ると、そこまで大きくスタートアップの調達金額が変わっているわけではないことがわかります。
2026年に関しても上半期は2月にNOT A HOTELの101億円、3月にStartale Japan 80億円、エーアイ・アンド75億円、5月にOishii Farmの240億円など、月次で大型案件が途切れておらず、2025年と同程度の水準で推移するように見えます。
したがって、スタートアップ市場全体について「冷え切っている」と見ると市場を見誤ります。ただし、裾野は厳しい可能性が高いというのが正しい見方です。
2025年時点ですでに調達額の中央値は低下しており、2025年上半期も、5億円未満の調達が増え、1社あたり中央値は前年同期の8,360万円から6,790万円へ低下しています。
これは2026年も続いている可能性が高いです。つまり、スタートアップへの資金流入総額は減っていないが、誰でも調達できるわけではない、確度の高い企業に資金が集中しているという状態になった、というのが正しい認識だと思われます。
■IPO減少は何を意味するのか?
では、IPO数の減少は何を意味するのでしょうか。
短期的には、これは明確に厳しい変化です。IPOという出口が狭くなれば、VCにとっては投資回収の難易度が上がり、起業家にとっても資本政策や成長戦略の前提が変わります。
一方で、IPO数の減少だけをもって、スタートアップ市場全体の失速と見るのは早いと思います。
JVCAとPreqinの2024年末の国内VCパフォーマンス・ベンチマークをみると、VCリターンは償還期限をすでに迎えていると考えられる2012〜2014年投資分はDPIが100%を大きく超えており、現金分配ベースでも投資元本を回収し、そのうえでリターンを出しています。
※DPIは、VC/PEファンドのパフォーマンス指標で、Distributed to Paid-In Capital の略です。DPIはファンドが投資家にどれだけ実際に現金等で返せたかを見る指標です。
一方、2019年以降投資のものは、まだファンド年齢が若く、投資先のIPO・M&A・セカンダリー売却が十分に進んでいないため最終成績を判断しにくい状況です。
出口という意味でのIPOは、2015年から続いていた90社前後のトレンドから2025年のIPO数は66社へと大きく減少しました。一方M&A件数は年々増加しています(下図参照)

IPO数の減少は、それをもって「スタートアップは駄目だね」という話ではなく、モデル転換として捉えるべき話なのではないでしょうか。小型IPO依存の時代から、未上場で大きく育て、IPO・M&A・セカンダリーを組み合わせる時代への移行です。
米国もエグジットの95%はM&AでありIPOは稀です。米国主要取引所に上場する事業会社数は、1996年の8,090社をピークに、2024年には4,010社で、ピーク時の半分程度です。
※2025年の米国VC-backedスタートアップのエグジットに占めるM&A割合は、件数ベースで約95%
https://nvca.org/wp-content/uploads/2026/04/NVCA-2026-Yearbook-4.9.26.pdf
また米国では上場企業数は減少する一方で、上場会社全体の時価総額は上がっており、1社あたりの規模は上がっていることがわかります。つまり日本も米国と似た道を辿ろうとしていることが伺えます。

総じて、今は「夢がなくなった」のではなく、夢を語るだけでは資金がつかず、100億円以上の企業価値に到達する蓋然性を事業で示す必要がある市場になったように思われます。
とりあえずIPOしてから成長シナリオを考える、というのが通用しなくなっています。お金を入れれば当期もしくは翌期に売上・利益が伸びるような、「ビジネスモデルが完成した状態」にしてから上場し、市場から資金調達しながら成長していく、という極めて当たり前の市場感になったとも言えます。
今回のIVSでも複数のセッションで語られていましたが、エクイティ調達したスタートアップは、夢を語る装置なだけでなく、「金融商品」なのです。エクイティ調達した場合には、夢を語ると同時に、投資家にとって魅力的な金融商品にしていく必要があるのです。
自分自身も投資家・株主サイドに回るようになって気が付きましたが、未上場株であれグロース株であれ、投資家からするとNVIDIAやテスラ、Google(Alphabet)と比べてどうか?という視点でパフォーマンスを見るようになります。そして夢を語るのであれば、SpaceXレベルの夢がほしいな、と思うのが投資家の視点なのです。(自戒も込めて)
IPO数の減少が何を意味するのか?の回答としては、IPO数の減少は短期的には厳しい局面ではあるが、中長期では市場成熟のサインでもある、ということになります。
これらの状況は、2010年代にスタートアップのエコシステムが整い始め、15年程度経ったことで皆が一周し、そこで出てきた課題と、それへの対応という流れなのだと感じます。
一方で国内市場は人口減少により、いずれ緩やかに減少していくことは見えています。大きく調達して大きくリターンを出す、大きいことはいいことだという従来型の成長志向の場合、日本かグローバルかという議論はナンセンスで、DAY1から市場が大きいところで勝負すべきだという話に帰着するのだと思います。
■エクイティ調達だけがスタートアップの正解ではなくなっている
今回非常に特徴的だったのが、登壇者サイドでエクイティ調達していない方が何名かいた点です。
従来「スタートアップ」というと、大きく調達し、赤字を掘って、Jカーブでの成長を目指す、というのがスタンダードでしたが、デッド調達のみだがグローバルを目指すなど、色々なパターンが出てきており、日本での起業のあり方が成熟している印象を持ちました。
これは歓迎すべきことです。いろいろな起業家が増えて起業家の層が厚くなり、いろいろなエグジットを経験する方が増えれば、高さも出てくるはずだからです。
「スタートアップ」というと、急成長する組織のことを指す場合が多く、その意味ではこれらの企業はスタートアップ企業ではないのかもしれません。一方でエクイティを入れるとファンドの償還期限の関係で10年弱のスパンでしか事業を考えづらくなります。
あるセッションで次のような話があり、確かにな、と思いました。
自社について、短い時間軸の中での金融商品として魅力的かというとそうではないが、自分が人生をかけてやれる事業。
「モナリザ、金閣寺のLTVってやばいよね」と言われたことがある。短い時間軸ではこのLTV叩き出せない。
ほそぼそとやるわけじゃないが、長さがあるとどこまで行けるという思想。
この方は一度事業を売却して、そのお金でやっているということでしたが、シリアルアントレプレナーが増えたことにより、エクイティを入れないことでより中長期の目線で事業運営をできるようになる、という話が直近いろいろな方から聴くようになりました。
また投資サイドからも「スモールビジネスが悪いとかVCからの調達が正義とも思ってない」という話や「日本型の起業があってもいいし、エクイティ調達を必ずしもする必要はないのではないか?」という話が何度も語られていました。
事業はやってみなければ本当の意味での市場サイズや、そのビジネスモデルのスケール可能性はなかなか見えてこないものです。そう考えると、全員が判で押したように一律に最初からJカーブを目指しエクイティ調達をする、ということのほうが異常だったのかもしれません。
自己資金、デッド、エクイティ等を事業の性質、モデル、フェーズに合わせて適切に組み合わせ、エグジットも優良企業としての事業継続、M&A、IPOと多様化できるのは、国全体で起業に対しての理解度、成熟度が上がっていかないとできないことなのかもしれません。
ただし、「会社はエクイティを入れた瞬間に金融商品になる」という当たり前のことは、初めて起業する人たちにはまだまだ実感されていないことではあるので、このあたりのリテラシー向上はもっと必要には感じます。
■まとめ:終わりではなく、選別と成熟
IPO減少は、短期的には悲観材料です。小型IPOが難しくなり、資金調達や出口設計の難易度が上がっていることは間違いありません。
今回参加して思ったのは、現在日本のスタートアップはターニングポイントにきており、ノンエクイティで中長期の成長を目指す経営だったり、出口としてM&Aだったり、より大きくしてからのIPOだったりという新しい時代に突入した、ということを感じました。
エクイティ調達だけが起業の正解ではなくなりつつあります。自己資金、デッド、エクイティを事業の性質に応じて使い分け、M&A、IPO、長期の事業継続を含めて多様な成長の形を選べるようになることは、日本の起業環境が成熟している証拠でもあると思います。

兎にも角にも、新しいことにチャレンジする起業家が増えない限り日本の未来は暗くなる一方です。それは企業内起業でも良いし、一人企業でもいいし、とにかく新しいことをやり、チャレンジする人が増えていくということが非常に重要だと思います。
IVSのいいところは、まさに具体的に新しいものを作ろうとチャレンジして、もがいている人たちと会話できることです。わざわざ京都に数日間来る人達なので、熱量が一定量以上の人たちに絞られているので、刺激を受けるという意味でも良いイベントです。
また、スタートアップ起業家と、そこに出資するベンチャーキャピタルを中心として、その周辺の方々が年に一度一堂に会するため、スタートアップや起業まわりの今を感じるのにとても良いなと思いました。
新しいことをやるのは大変ですが、リスクを取って新しいことをやるのはやっぱり楽しいよなと感じました。この刺激をベースに自分も新しい事業を作っていきたいと思います。
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