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不憫男子~フビダン~【そば打ち編】

「幻のそば」というものがある。


町役場の福祉部署ではたらいていたときのこと。月に数回、「障がい者の集い」という、町内の障がい者を対象にした事業があった。事業といっても、毎回3、4人の固定メンバーがやってくる寄り合いと呼ぶ方がしっくりくる、非常にフランクな会合だった。

この集いでは、調理実習や社会見学のようなことをよくやっていたが、中でも独特だったのはそば打ちだと思う。事業のお手伝いをしてくれる役場OBの紳士がそば打ちの資格を持っていて、定期的にそばの打ち方を教えてくれるのだ。もちろん、最後にはもりそばとしてみんなでおいしくいただく。

僕は直接の担当ではなかったので、専ら食べる係だった。素人が作ったそばなので見た目も味もアーティスティックだったが、経費で昼食が食べられるというだけで大満足だった。


そんな乞食職員だった僕に、転機が訪れる。

担当職員が、めずらしく僕に声をかけてきた。


「アルロンさんも、一緒にそば打ちやりませんか?」


そば打ちは体力的にも大変だということで、この集いでは二人一組で行なっていた。その日は参加者が奇数だったので、数合わせで僕の出番というわけだ。

そば打ちは初めてだった。初めてのことになると、怖気づき、恐れおののき、おしっこちびりそうになるでお馴染みのこの僕だが、そば打ちは最初から楽しむことができた。そば粉に水を加えたり、めん棒で生地を伸ばしたり、そば切り包丁でトントントンと麺を切ったり。作業はすべて大変ではあったが、目の前のそばに集中している間は、精神が研ぎ澄まされるような爽やかさを感じていた。

中でも、素人がもっとも失敗するであろうそば切りが、手前味噌ながらとても上手にできた。一本一本がきちんと同じ太さでそろっている。
美しい。美しすぎるぞ。そば界の北川景子だ。その佇まいの優美たるや、ギャルの部屋のドアにかかっているシャラランとしたストリングカーテンの如しである。

初めてでこんなにも美しいそばを打つことができた。もしかして僕にはそば打ちの才能があるのか? いやー、まいったなー。駅前でそば職人専門のスカウトマンに「そば界とか興味ありませんか?」と口説かれたら、役場を退職してそば職人として生きていくことになっちゃいそうだ。

しかし、天より授かったこの類まれなるポテンシャルを日陰に放っておくのはなんとも罪深い。よしわかった。そこまでいうなら仕方がない。そばを愛しそばに愛された男として、空前絶後の超絶怒涛のそば職人になってやろうじゃないか。

そんなことを考えたり考えなかったりしていると、いつの間にかそばたちは茹で上がり、お昼の時間だ。席につき、そばのご登場を待った。

差し出されたお皿の中には、それはそれは美しいマイリトルそば。






……ではなく、参加者のだれかがつくった、割るの失敗した割りばしみたいな形のそばだった。
どうやら、そばはぜんぶまとめて茹でて、適当に盛りつけたようだ。

「初めてでこの出来は大したもんだ!」とも「こんなもんでウチの店は継がせられん!」ともいわれず、だれかがつくったものとしてだれかの口の中に入っていったオーマイリトルそば。まさに「幻のそば」である。人差し指を揺らしながら「まぼろし~!」と叫ぶIKKOさんが脳裏をかすめた。

めちゃくちゃショックだった。自分がつくったそばを自分で食べられないなんて、どんだけ~!
あまりの切なさに、開いてもいないそば職人への扉を、僕はそっと閉めた。

こうして、そば界は一人の優秀な人材を失ったのである。


(おしまい)


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