170㎞先の美容室に帰省している
ひとりだけの車内でGLAYを熱唱しながら国道を南下していると、いつの間にか237号から38号に切り替わっていた。緑と街並みとが交互に繰り返される風景を進み、狩勝峠のぐねぐねとしたカーブを抜けると、見晴らしのいい直線道路。ここまで来ると、十勝にやってきた実感が湧いてくる。数か月も放置したせいで茂りに茂ったもさもさの頭とも、ようやくおさらばだ。
旭川に住んでいながら、帯広の美容室へ通っている。
という話をすると、ほぼ確実に驚かれる。無理もない。その距離──約170㎞は、東京・静岡間に匹敵する長さだからだ。どう考えても日常の距離感ではない。
さすがに足繁く通うのは無理があるので、散髪は年3回だけ。長期の休みを取りやすい4月と11月、そしてその中間の8月と決めている。峠の雪道が危険なので、冬はなるべく行かない。
片道だけで少なくとも3時間は運転する。そこまでして行きたい場所が、帯広にはある。
担当美容師のMさんと出会ったのは、大学1年の春だった。当時は帯広に引っ越してきたばかりだったので、どこへ散髪に行くかなんて決まっていない。学生寮の同じ階に住んでいた2年の先輩に相談したところ、「お前にはこの髪型が似合うと思うから試してほしい」と絶対に断れない状況を作り出されながら、その先輩が通っている大学近くの美容室を紹介されたのだった。
先輩の担当美容師でもあったMさん。ショートマッシュに眼鏡、前衛的なカラーリングのワンピースは、いかにも「美にまつわっています」感が強い。それまでの18年間、ビリヤードのハスラーみたいな格好のおじさんに髪を切ってもらっていた僕にとって、おねえさんのヘアスタイリストは未知との遭遇だった。
Mさんは不思議な人だ。いや、至って正常でまともな常識人ではあるのだが、とにかくポジティブなのである。テンションが安定しており、いつもニコニコしながら一歩引いているタイプで、愚痴や悲観の言葉は聞いたことがない。トホホなエピソードがあっても、最終的には「まあ、なんとかなるっしょ」と根拠が微塵もないのに前を向く。あと「肩こりする人は責任感が強いみたいだよ。私はぜんぜん肩こらないんだけどね」みたいにけっこうテキトーなことを言う。
Mさんが店を変えるたび、僕もMさんについていった。大学を卒業して帯広を離れても、片道1時間かけて通うのを10年近く続けた。仕事を辞めて地元・旭川に戻り、遠征と呼べるような距離になっても、未だにMさんのもとに通っている。
理由はいくつかある。「初対面の人と話すのが苦手すぎて、美容室を新規開拓するのが心底イヤだから」というのは大いにあるが、それだけではない。
社会人10年目の6月、職場のトイレで過呼吸を引き起こした。顔や手足が痺れ、声も出せない。頭はやけに冴えていたので、個室のドアに頭突きして助けを呼んだ。上司や同僚たちが駆けつけ、なんとか自力でドアの鍵を開けると、車いすで別室へ運ばれた。
その後、パニック障害と診断された僕は、1か月の病気休暇を経て、退職した。
考えすぎてしまう自分が嫌いだった。起きてもいないことを憂い、必要以上に周囲へ気を遣う。そして消耗する。負のスパイラルに陥っているとわかっていても、無駄に強い責任感が邪魔をしてどうすることもできなかった。
しかし、どれだけ心が病んでいても、髪は伸びる。ストレスに蝕まれていた頃のある日、いつものようにMさんのいる美容室にやってきた。精神がボロボロで、何を話しても二言目には「つらい」または「しんどい」のどちらかをランダム再生してしまう。木製ドレッサーの鏡の中には、やつれて頬のこけた男が映っていた。
これほどまでに陰鬱な客はめちゃくちゃ面倒くさかっただろうに、それでもMさんはいつもと変わらない。僕のダークネスな発言も、すべて聞いた上で受け止めてくれる。そして最後には「でも、大丈夫だよ」と能天気をお見舞いしてくる。
正直、ちょっとイラッとした。こっちの気も知らないで、と反発せずにはいられない。それほど余裕がなかったのは事実だ。
いい加減なこと言わないでくださいよ、と力なく反論するも、Mさんは「大丈夫、大丈夫」と微笑むばかり。何が大丈夫なのだろうか。僕から漏れ出る負のオーラをものともせず、平熱のテンションで鋏をふるっていた。
今になって振り返ってみると、なんてありがたかったのだろうと思う。Mさんは僕の闇に引きずり込まれることなく、終始ポジティブだった。あのときの「大丈夫」は根拠のない無責任なものだったけれど、決して軽率な言葉ではない。僕が立ち上がれることを信じている人の言葉だった。
僕にとってMさんは、どのような存在だろうか。親兄弟ほど縛られた関係ではなく、友達ほどの馴れ合いもない。それでも、「ただの美容師」という言葉ではとても片づけられない。
18年来の付き合いだから、お互いのことはそれなりにわかっている。一緒に食事をすることもあるけれど、会うときは基本的に美容室で。年3回しか会わないという頻度の低さが、かえって程よい距離感を保っている気がする。このような関係性の人物は、ほかにいない。
美容室のドアを開き、荷物を預け、右耳に栓をして(真珠腫性中耳炎の既往があるので、水が入らないよう毎回そうしてもらっている)、髪を洗ってもらい、髪型を決め、おしゃべりしながらカットしてもらい、また耳栓をして髪を洗ってもらい、ドライヤーの風と動作音を浴び、ワックスでいい感じにセットしてもらい、会計を済ませ、店の外まで見送りしてもらい、すっきりとした髪と気持ちで車に乗り込む。
この一連の流れは、生活ではあるけれど、日常ではない。たとえるなら、「帰省」だろうか。Mさんに髪を切ってもらうと軽くなるのは、頭だけではなかった。僕はMさんにケープを着せられるのと同時に、背負っていたものをおろしているのかもしれない。何気ない工程を経て、僕は僕に戻っていく。
ここは唯一、無責任な自分のままでいられる場所だ。170㎞を運転する価値が、ここにはある。
見晴らしのいい直線道路をしばらく進んだ後は、さらに南を目指す。通い慣れた道の景色は、来るたびに少しずつ変わっていたり、変わっていなかったりしている。一方で、美容室の鏡に映る顔は、来るたびに丸みを帯びている気がしてならない。まあ、やつれているよりいいか。大丈夫。なんとかなるっしょ。
(おしまい)
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