ソーシャリー・ヒットマン【ショートショート】
俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋といっても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
今日はこれから依頼人と会う約束をしている。
依頼人の指定した喫茶店で落ち合い、依頼を聞く予定だ。
おっと、報酬の話も忘れちゃならねぇ。
◇
カランコロンカラン。
午前11時、例の喫茶店にやってきた。
だが、俺の知っている喫茶店とは趣がまるで異なる。
ピンク色の店内。給仕服に身を包んだ小娘たちが「おかえりなさいませ、ご主人様」と言いながら、俺を席まで案内してきやがった。なんなんだこいつらは。俺はお前たちのご主人様などではない。俺はこれまで一匹狼でやってきた。そしてこれからもな。だから小娘どもよ、俺をご主人様などと呼ぶんじゃあない。
わかったか? わかったらこの「萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク」を一つ頼む。
俺が席に着くや否や、一人の男が近づいてきた。
「あんたが例の殺し屋かい?」
男は声を潜めて、周りに気づかれないように話しかけてきた。
「お前が依頼人だな?」
俺が聞き返すと、男はコクリと頷く。席に着くよう手振りで促すと、男は俺の真正面にそそくさと座り込んだ。
小太りの体躯、髪や肌は脂ぎっていて清潔感の欠片もない、ぴっちぴちのアニメキャラクターTシャツに安物のジーパン。
間違いねぇ……こいつぁオタクだ。
「まさか本当に来てくれるとは思わなかったぜ」
「御託はいらん。ターゲットは?」
俺が尋ねたまさにそのとき、先ほど俺を案内した小娘がやってきた。
なんてタイミングの悪い奴だ。くそっ、小娘がなんの用だ。
「おまたせしましたぁ~☆ 『萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク』ですぅ~☆」
小娘の持っているトレイの上を見ると、ピンク色の液体が入ったバカでかいジョッキがその存在を知らしめていた。ジョッキの上部は、生クリームやらストロベリーソースやらなんかチョコバナナとかについてるあのカラフルなやつやらがたっぷりと乗っかっている。くそっ、美味そうじゃあないか。
ドンっとジョッキを置く小娘。この重さじゃあ無理もない。チョコバナナとかについてるあのカラフルなやつがちょっと俺のシャツにかかったが、それくらいは許してやろう。ただし、次はないからな。
注文した飲み物が届き、これでようやっと本題に入ることができる。
……ん? なんだ小娘。まだなにか用があるのか?
小娘は両手をハート型にして、なにやらつぶやいている。
……なに? 美味しくなるおまじない、だと?
バカバカしい。そんなものあるわけないだろう。俺は騙されんぞ。
……いいから見てろと言うのか? フン、勝手にすればいい。
……おいおい、店中の小娘全員が叫んでいるじゃあないか。そこまでして俺の「萌え萌えラブリーミラクルいちごミルク」を美味しくさせたいとでも言うのか……!?
参った。俺の負けだ。しかたねえ、俺も付き合ってやるよ。
「おいしくな~れ! 萌え萌えキュン☆」
◇
ふう、たのし……窮屈な場所だった。
ほとんど小娘たちと話してばかりだったが、ラストオーダー後にちゃんと仕事の話もつけてきた。外はいつの間にか真っ暗だ。
まあいい。事務所に戻ったことだし、依頼内容を確認するか。
ターゲットは、木座 奈矢郎。大手便器メーカーの御曹司だ。
今回の依頼は、社員たちの目の前でこいつにお漏らしをさせること。これによりターゲットは「うわぁ~あの人、便器メーカーのお坊っちゃんなのにお漏らししちゃってる~」と多くの社員たちに白い目で見られる。報酬24,980円の大仕事だ。しくじるわけにはいかない。
綿密な計算を繰り返し、練りに練った計画は完璧なものとなった。
後は、これを実行するだけ。
◇
決行の日がやってきた。
俺はターゲットの会社に清掃員の姿で潜入した。なんともいえないグリーンの作業着を身にまとい、右手にモップを、左手にバケツを持つ。あくまでもカモフラージュだが、これで俺が殺し屋だとは誰も思うまい。
ところで、このモップはライフル銃のようになっており、柄の先端から強力な下剤を射出できる仕組みになっている。これで、ターゲットに下剤を飲ませるという算段だ。我ながら完璧なプラン過ぎて武者震いがする。
モップで床を磨くフリをしていると、ターゲットが現れた。全身まっ白のスーツを着こなし、自分はえらいんだぞと言わんばかりにふてぶてしく歩いてやがる。オフィスのロビーには、大勢の社員がターゲットの方へ向き、挨拶をしている。ターゲットはバカでかい口を開きながら挨拶に応えている。格好の餌食だ。
俺は階段下のスペースに隠れ、誰にも悟られずにトリガーを引いた。
狙いはバッチリ。射出された下剤は、見事ターゲットの口に命中した。
ターゲットはおもむろにうずくまる。顔は見る見る青ざめていく。がんばってトイレまで這いつくばって行こうとするが、残念だったな。生憎トイレは本物の清掃員が掃除中なのだよ。
ターゲットは限界を迎えた。その証拠に、奴のスラックス臀部は白から茶色へと変わっている。
それを見た周囲の反応は、皆まで言わずともわかるだろう。
任務完了だ。
俺は人知れずオフィスを後にした。
社会的殺し屋、根来内 弾。
彼は今日もどこかで、誰かを辱めている。
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