このきしめんの風は、眠りにつく3分前、僕の頬をそよと撫でる。(#創作大賞感想)
読んで、感動して、その感動を表現できなくて、しかしどうしても感想を書きたいエッセイがある。
書き始めるまでに時間がかかった。そしてきっといつも以上に拙い感想になるだろう。それでも感想を書きたいエッセイがある。
激務に追われていた若き日のシラセさん。彼女の心を少しだけ支えていたのは、知らないだれかのブログだった。頭に浮かんだ「きしめんみたいな風」というフレーズからたどり着いた故に「きしめんブログ」と名づけられたそれは、荒れ狂う現実という波の中にあっても、優しい眼差しを分けてくれる。
ところが、きしめんブログはある日、突然その存在を消してしまった。
きしめんブログが消えた後、シラセさんは自身の記憶をたどり、きしめんブログについて知っていることをすべて手帳に書きなぐる。
「あの生活の破片を、どうしてもこの世界に留めておきたかった」
らしい。
しびれた。
相当かなしみに暮れていたことは、文脈からわかる。けれど、それよりなにより、きしめんブログの存在を残しておきたい、という断固たる意志が前に出ている。
これは、人を惹きつけるエッセイの書き方だ。
シラセさんのエッセイは、淡泊な文体でありながらあたたかみがあり、絶妙なたとえが笑いを誘うスパイスとして機能する、いつまでも読んでいたくなるタイプのエッセイだ。
本作にも「きしめんブログ」はもちろんのこと、「田園」とか「土佐日記」とか、「私はお客様の家で美味しいロールケーキを食べながら楽しく打ち合わせをするような、ぬっくぬくの環境で育ってきたのだ」とか、随所に散りばめられたシラセ節がたまらない。好き。
そして、おもしろいだけでなく、読み手が自分ごととして捉えやすい。それは、エピソードがありふれた日常の中にあることや、読み手に委ねる余白の幅がちょうどいいことが関係している気がする。
余韻がじんわりと残る読後感も然り。美しい旋律のような、息を呑むほどの絶景のような、言葉ではにわかに説明できない静かな衝撃がある。日常を描いた中にこれほどの感動が潜んでいるなんて、すごすぎる。
めずらしいことに、嫉妬心はまったく抱かなかった。
このきしめんの風は、眠りにつく3分前、僕の頬をそよと撫でる。
とんでもなくおもしろいエッセイに出会えて、とても気分がいい。
(おしまい)
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