魔法の言葉はタバコくさい
「あ、絶対この人に逆らっちゃダメだ」
新卒で入った町役場の出勤初日、彼に初めて会ったときそう思った。威厳に満ちた面持ち、ドスの効いた低い声、全身から漂う覇気。のどかな雰囲気の田舎町にやってきたはずなのに、初っ端から見た目がアンチソーシャルな人物のお出ましである。ヘマをやらかしたら、命か、よくて指一本がなくなる気がした。
このロケット団のボスみたいな人が、僕の最初の上司だった。信じられないけれど、山と海に囲まれた人口たった5000人ほどの超のんびりとした町ではたらく、れっきとした地方公務員である。とても信じられないけれど。
見た目とは裏腹に、ボスはとても人望があり、面倒見もよかった。部下の提案には「俺がケツ持ってやるから、やりたいようにやってみろ」と背中を押してくれる、後方支援型の上司だった。発言は必要最低限にとどめるのみで、あーだこーだと口出しすることはない。それが非常にはたらきやすい環境をつくり出していたと思う。
ほかの部署の上司や先輩は口をそろえて「あの人がいるから安心して仕事できる」と言うし、住民と話していても「あの人が上司でよかったね!」とよく言われた。職場内外でこんなに人望があるとは、役場職員の鑑である。
仕事のことでボスに叱られたり窘められたりしたことは、ほとんどない。それどころか、初めて選挙事務をすることになった僕に「不安だろうけれど、いい経験になるからがんばれよ」と激励してくれたことがある。あのときの優しい笑顔は今でも忘れられない。怖い人だと思ってたけど、いい上司じゃん。
また、大きな仕事の山を終えるたび、部署のみんなを飲みに誘い、労ってくれた。おかげで部署の飲み会は毎週のように開かれ、多いときで週5もあった。赤ラークを片手にガハハと笑いながらビールを飲み、22時きっかりに大金を置いて帰っていく姿がなつかしい。
一回だけ、ボスにめちゃくちゃ怒られたことがある。僕が酔っぱらって無礼な態度をしたことで、鬼神の如くお怒りになられたそうだ。当時のことは酔っぱらっていたのであまり覚えていないが、恐怖のあまりわんわん泣いた記憶だけはしっかり残っている。前言撤回、やっぱり怖い人だったわ。
だがその一回以外は、威厳こそあれど恐怖を感じることはなく、頼もしい親分もとい管理職だった。
僕はタバコが苦手なので、ボスの近くに座ることはあまりなかった。それでも、よくお酌して回っていたので、意外と会話はあった方だと思う。
若い頃のボスは、町の一次産業振興のため海へ山へと駆け回っていたという。その勤勉さから、漁師や農家の信頼も厚かった。
ボスには、宴席で僕と話すたびに必ず言う言葉があった。
「若いうちにいろいろと経験を積んでがんばれ。がんばっていれば、周りがちゃんと評価してくれるから」
僕はこれを、「仕事を一生懸命やれ」という意味で捉えていた。
僕が2年目を迎えるタイミングで、ボスは隣の部署へ異動となった。以降、同じ部署になることはなかったので、一緒に飲みに行くどころか話す機会が減ったのも無理はない。僕は僕で仕事に慣れてきて、同時に忙しくもなってきたので、ボスの言葉はいつの間にかフェードアウトしていた。
入職して7年が経とうとした頃、ボスは定年退職した。
年度末に開かれた送別会は、イベントホールを貸し切るほどの大所帯だった。おっかない漁師さんに頭を下げたり、対立する職員の仲介をしたり、住民と同僚のために体を張ってきたボス。その人柄が、送別会の参加人数にそのまま現れていた。さすがボスである。
僕もその会に出席したのだが、人望のあるボスのもとにはひっきりなしに人が駆け寄っている。とても自分から話しかけにいく余裕はなかった。
そこに転機が訪れる。二次会が始まろうとしたとき、上司のムチャブリで乾杯の挨拶をすることになったのだ。しかも席はボスの真向かい。これは絶好のボスチャンスである。乾杯の挨拶なんて何度もやってきたから朝飯前だ。
挨拶の中で、感謝の気持ちを伝える。だんだん新婦の手紙のようになっていって、感極まって泣きそうになってきた。チラッと視界に入ったボスは、嬉しそうに目を細めている。
乾杯の後、少しだけではあったがボスと話をした。最後にどんな言葉をかけてくれるかな。期待して待っていると、ボスがジョッキを傾けながら口を開いた。
「世話になったな。ありがとう。これからもがんばれよ。がんばっていれば、周りがちゃんと評価してくれるから」
そう言って、赤ラークに火をつけた。白い煙が、ふわりと立ち上っては消えていく。
正直なところ、そのとき僕は内心で「もう7年目なんだけどな」と思っていた。だってボス、仕事を一生懸命やるなんて当たり前だし、どれだけがんばっても成果が出ないことだって山ほどあるじゃないですか。なまじ経験を積んできただけに、ボスの言葉がやや的外れのように感じた。
的外れだったのが僕の方だと気づくまで、2年以上かかった。
ボスが退職してからたった数年で、今度は僕が退職した。仕事のストレスに押しつぶされてしまったのだ。
最も大きく影響したのは昇進だろう。30歳になると同時に福祉部署の係長を拝命し、これまでとは重みの違う忙しさがのしかかるようになった。鳴りやまない電話、積み上がっていく書類、毎日のように開かれる会議、さらにはコロナ禍の対応まで。仕事の重圧が、日に日に僕を押しつぶしていく……
毎朝の出勤が憂鬱だし、食事はほとんど味がしない。自分がなんのためにはたらいているのかわからなかったし、考える余裕もなかった。たまにボソッと悩みをつぶやいても、当時の上司には「そのうち慣れるから大丈夫」などと言われた。なにが大丈夫なんだろう。ボスならきっとそんなこと言わないのに。
限界は、職場のトイレで突然やってきた。過呼吸、しびれ、声が出ない。全身は硬直し、うずくまったまま身動きが取れない。やけに冷静な頭で「これはやばい」と思った。なんとか気づいてもらい、駆けつけた上司や同僚たちによって救出された。
ああ、もうダメだ。これ以上ここにはいられない。
数日後、メンタルクリニックに行った。診断名は、パニック障害。主治医と相談して、1か月の病気休暇をもらうことになった。
休職中、ボロボロの心で入職当時を振り返った。ボスがいた最初の一年。あの頃はあんなに毎日が楽しかったのに、いつから道を間違えたんだろう。
がんばってきたはずの10年が、蜃気楼のように霞んで見える。
病気休暇が明けてからさらに1か月後、僕はとうとう退職した。
諸々の手続きや引き継ぎを終え、退職を目前に控えた頃、町内で挨拶回りをした。仕事の関係者だけでなく、飲み屋の店員さん、イベントで知り合った人など、お世話になった人はたくさんいる。できる限り会いに行き、都合がつかなかった人には電話をかけた。
ほとんどが、僕の退職を惜しんでくれた。中には涙ぐむ人もいて、嬉しい反面、戸惑いもあった。
なんで? なんで泣く?
当時は疑問に思った。でも今なら、わかる気がする。
僕はこの町の生まれではない。縁もゆかりもない、知り合いゼロの環境で始まった公務員生活。どうにかして顔と名前を覚えてもらおうと必死だった。行事の手伝いには積極的に参加し、飲み会に呼ばれれば「はい」か「喜んで」と答えて飛んでいく。偉い人や偉そうな人たちにお酌をして周り、カラオケのムチャブリがくれば歌って踊った。公民館のお祭りでも踊った。
そんなことを繰り返していると、公務内外で声をかけられるようになった。
「この前はどうもね!」
「また飲みに行こう!」
「ダンスよかったよ~!」
こんなことを言われるたびに、「この町にいていいんだ」という気持ちが湧きあがる。全員が知らない人だったこの町が、気づけば立派な第二の故郷になっていた。
そうか……この人たちがボスの言う「ちゃんと評価してくれる人」だったんだな。よそから来た若者の奮闘する姿を見て、「あいつはよくがんばってるな」と陰ながら応援してくれていたんだ。だから別れを惜しんでくれたんじゃないだろうか。
どんな地域でもどんな職業でも、信用されるに越したことはない。ただ厄介なことに、信用というものは手に入れるのに時間がかかる。目に見えないので、どれくらいあるかを確認することも難しい。
でも、僕が必死に集めた人々の信用は、町のあちこちでしっかりと積み重なっていた。あの町で過ごした10年は、記憶を改ざんされたって忘れない自信がある。
もしかして、ボスにはすべてわかっていたのだろうか。
がんばっていれば、周りがちゃんと評価してくれるから――ボスは送別会のとき、もしかしたら意味そのままじゃなくて、「お前のがんばっている姿を、周りは評価しているぞ」と伝えたかったのかもしれない。
だとすれば、あれは魔法の言葉だったんだ。あの一言があったから、今の僕は当時の僕を抱きしめてやれる。「お前はよくやってるぞ」って心から言ってやれる。
そこまで考えてたとしたら、ボスってやっぱりいい上司じゃん。
ボスに最後に会ってからもう6年以上が過ぎた。今も元気にしているんだろうか。
3年目くらいのとき、庁舎内の喫煙スペースに上司を呼びに行って、そこでボスにばったり会ったことがある。あのとき、ボスは煙を吐きながらこんなことを言っていた。
「お前の悪い噂は聞かないから、きっと大丈夫だ。ガハハ」
嫌煙家の僕だけど、赤ラークの残り香が今は少しだけ恋しい。
(おしまい)
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