苦行(タパス)は熱を生む 「善く生きる」ということ
本を借りたのを忘れてたので、スタジオに返しに行ったついでに、瞑想クラスに参加してきた。
今、ヨーガスートラの2章「禁戒」「勧戒」を深掘りしてるということで、
勧戒の「苦行(タパス)」の回だった。
このとてもイメージの悪い「苦行」という響きだけど…
大昔のインドでは相当荒々しいことをして悟ろうとするのが流行ってたらしい。
でも、お釈迦さんが身をもって「やりすぎてもいかん」というところに気づいたわけで。
とはいえ、自分にとっては、出来ないとこととか、苦手なことをする。
その苦行(タパス)は「熱を生む」という意味。
つまり燃焼して心身ともに浄化する、鍛錬ということ。
そんなレクチャー部分のまとめ。
このあと、ここの師の言葉を聞かされて、それがまた私に刺さる。
ほんまにヨギー(完Yogaの人)だと思ってまう。
他界してるので確認しようがないけども。
そんな言葉を聞いて、苦行(タパス)について瞑想をした。
大体、タパスについて瞑想なんてしたことないし、
だからいつもの通り、心の真ん中に聞くしかない。
すると、そこに火があるように思った。
それを観てたら、胸の中が熱くなってきた。
「パッション」だと思った。
そんな熱い感じなのに、深く安定し、体感の煩わしさが気にならなくなった。
それを「行者の火」だと思った。
行者は心に火をつけて、目覚めさせる人たち。
ついでに、昨日書いた、
「誰かに何かしたいのだけど、私はどうしたらいい?」
という、問いについて…
「善く生きる」という言葉が出てた。
それは、知ってる言葉だと思ったので、
帰ってググると、ソクラテスが出てきた。
「ただ生きるのではなく、善く生きる。」と書いてあった。
ということは、
「善く生きることをする」ってことかなぁ?
最後シャヴァーサナを解いて目を開けた時、
「救われたんだ」と思った。
ということで、その火をイメージして描いてみた。

良い、1日を。
