夜行客車列車への誘い
夜行列車。かつては日本全国を走り回り、長距離移動の象徴として「走るホテル」と称され、絶大な人気を浴びた(らしい)。中でも、寝台特急あさかぜに使用された国鉄20系客車から14系/24系にまで引き継がれた、青い客車の夜行列車は、「ブルートレイン」としてアジカンの曲名になるほどの知名度を獲得した。しかし、夜行バスや航空網の発達により激減。上野と札幌を結んだ寝台特急北斗星を最後に、日本のブルートレイン史は終止符を打ち、定期寝台列車として残るのはWE銀河/サンライズ瀬戸・出雲くらいになってしまった。すみません四季島ってなんですか
かくいう私も2000年代後半の生まれであり、幼少期にブルートレイン末期を過ごした身としては、毎年のように消えていく夜行列車をテレビの報道を通して眺めることしかできなかった。加えて「まだ早いでしょ?」「大人になったら乗りなさい」という、全オタクが一度は言われるであろう親の呪いの言葉に、例に漏れず私も騙され、乗る機会を全て飛ばされてしまった。
故に、そこから電車オタクとして成長してしまった私は、夜行列車への憧れが強い。
サンライズは乗ったことあるけど、せめて、真っ暗な車窓を眺めながら夜を走る客車列車に乗りたい。
そんな夢を少しだけ叶えてくれる列車に乗ってきた、という乗車記。
…というかほぼ写真がメイン
往路・臨9003レ
栃木県・真岡(もおか)鐵道。下館~茂木間を結ぶ、国鉄→JR→三セクのありがちな地方ローカル線。
今宵は "国鉄真岡線"になっていただきます。お前が国鉄になるんだよ
18:05 真岡発車、19:09 茂木着の臨時ダイヤ。いつもは味わえない、夏の夕焼けから日暮れを走る国鉄50系客車に揺られ、少しずつ昭和50年代にタイムスリップしていく。牽引機は蒸気機関車のC12形。やっぱ昭和50年代じゃないかも。




小さな窓から、蒼穹のスケッチブックに描かれる入道雲を拝みつつ、沿線から手を振る人に手を振り返す。心なしかいつもよりその人数が多いように感じる。
BGMには鷲崎健さんの5thアルバム「えくぼヶ原飄夢譚」より、「銀河鉄道の朝」を選曲。
銀河鉄道の世界観を表現する、旅情あふれる歌詞を聴きつつ、イヤホンさえも貫いてくるC12形の大きな汽笛と、ドラフト音と、50系客車のリズミカルなジョイント音にどんどん浸かっていく。
空はやがて茜色のグラデーションを増していき、黄昏時を走っていく。


途中の市塙(いちはな)駅では十数分の長時間停車。峠の天矢場越えに向けて準備に入る。対向列車との行き違い待ちに微睡むC1266。




"汽笛鳴らしまた走り出す"。市塙を発つ頃には、随分と暗くなっていた。


列車は真岡線一の山場である天矢場の峠に差し掛かる。速度はガクンと落ち、C12の息遣いも荒々しくなっていく。
一号車の窓を開け、煙を吐き出す音や、汽笛や、運転席の灯りと機関士さんの喚呼に意識を向けると、蒸気機関車がただの機械ではなく生き物であることを改めて実感する。

峠を無事に越え、下り坂の快走もつかの間に終着駅に入線。
茂木駅
終着駅の茂木で降りると、乗客や見物客でごった返していた。すぐさま、帰りの運用に備えて、機関車の向きを変えて客車の反対側に連結し直す入れ替え作業が始まる。

C12は転車台と呼ばれる向きを変える設備に入り、周り出す。
スポットライトを浴びるその姿は、さながら"見せ場"でもある。






このあとは、発車まで一時間ほど休憩。
私も茂木で開催される花火の写真を撮るため、一度駅を出た。


花火はクライマックスがどれなのか毎回分からない。
復路・臨9004レ
花火もあっという間に闇夜に舞い散り、列車の出発時刻となった。茂木での祭りから下館方面へ帰る乗客たちをどんどん乗せる光景が、この列車が単なる観光用ではなくれっきとした花火客輸送用の臨時列車であることを思い出させてくれた。
20時24分。汽笛一声、出発。
窓の外は当然真っ暗で、ぽつんと光る街灯が通り過ぎることだけが、確実に前へ進んでいることを教えてくれる。



車内では、私が東京に越してから会う機会が減ってしまった地元の友人と、缶ジュース片手にずっと話していた記憶。
途中、窓の外から笹の葉が肩に直撃してきてかなり痛かった。本当に痛かった。
現代、蒸気機関車牽引の列車は観光用としての側面が大きく、どうしてもオシャレに改装されたり、キャンペーン広告が目立ったりと、うるさく装飾されている部分が目立つ。しかし、真岡鐵道のSLもおかは、内装もほぼ国鉄時代のまま。50系客車はしっかりと原型を留めているし、余計な装飾もない。
アナウンスも簡潔な案内のみで、私が知る限りでは、日本で一番日常に溶け込むことができている蒸気機関車牽引列車だと感じている。
日本の原風景を閉じ込めたような、そんな列車。

列車は終点の手前、西田井駅で対向列車と待ち合わせをする。
十分ほど時間があったため、降りてその姿を拝むこととした。




真っ暗で静かな無人駅にひとつ、蒸気のコンプレッサー音と熱気を放つC12は、安心感をもたらす存在でもあった。待機中も機関士さんはこまめに各部の点検をしていた。
しばらくして、向こうから対向列車の前照灯が見えたので、私は車内に戻った。

真岡駅 -旅の終わり-
列車は最終目的地の真岡に到着。ホーム上の人混みは、普段では考えられない通勤ラッシュ並の密度。
そんな中、合図灯の一筋の光が、入れ替え作業の始まりを告げる。





真岡駅でも、次のSLもおかの運用に備えて、C12は転車台へ向かう。
夜の蒸機の姿にも、もうすぐさよなら。








これにて、長いようで短かった夜行客車列車の旅は終了。
少し前まで、ハイケンスのセレナーデを聴きながらボックスシートにもたれかかっていたのが夢のようで、余韻が続く。
見知った区間・車両でも、夜行となるだけで印象はだいぶ変わる。
並走している車のドライバーが驚いていたり、真っ暗な中ただひとつ響く汽笛に興奮したり、窓を開けると、急に車内に入り込んでくる笹の葉に殴られたり(めちゃくちゃ痛かった)…。
非日常の最果てみたいな体験だった。
来年も乗りたい…んですが、車両検査の影響で一年運休だそうで、
再来年に期待。
また幻を見せておれの頭を狂わせてくれ…。
