会社に行きたくない人への教科書 ~前向きになれない日を1ミリだけ軽くする考え方~
はじめに
会社に行きたくない日は、普通にある
朝、目が覚めた瞬間に、もう気が重い。
そんな日が、ありませんか。
布団から出たくなくて、スマホを眺めながら、あと5分、あと5分と先延ばしにする。「今日休んだら、どうなるだろう」と一瞬だけ本気で考えて、でも結局は起き上がって、顔を洗って、いつも通り家を出る。
会社に行きたくない、と思う日。これは、特別なことではありません。
しかもこの気持ちは、月曜の朝だけのものではありません。日曜の夕方、サザエさんが始まる頃から、なんとなく胸の奥が重くなってくる。楽しかったはずの休日が、終わりが近づくにつれて色あせていく。「ああ、また明日から一週間が始まる」と思うだけで、もう少し疲れている。
仕事が、ものすごく嫌いなわけではない。会社が、最悪というわけでもない。人に相談するほど深刻なことなのかも、自分ではよく分からない。
でも、行きたくない。
その「なぜか」がはっきりしないことが、また、地味にしんどかったりします。
そして、もう一つ厄介なことがあります。
この気持ちは、人に言いにくい。
「仕事がつらい」と言えば、甘えていると思われそう。「行きたくない」と口にすれば、責任感がないと思われそう。家族に話せば心配をかけるし、同僚に話せば、どこかで評価に響くかもしれない。
だから結局、誰にも言わずに、また「大丈夫です」という顔をして、今日も会社に行く。
本当は、少しだけ大丈夫じゃないのに。
このnoteは、そんなあなたのために書きました。
最初に、一つだけ伝えておきたいことがあります。
会社に行きたくないと思う自分を、責めなくていい。
それは、甘えだと言い切れるものではありません。根性がないわけでも、社会人として失格なわけでもない。ただ疲れているだけかもしれない。人間関係で、少しずつ削られているだけかもしれない。今のあなたに、ほんの少し、余白がないだけかもしれない。
人間なので、気が重い日があります。前向きになれない日があります。頑張らなきゃいけないと分かっていても、もう頑張りたくない日があります。
でも、そういう日ほど、人は自分を責めます。こんなことで行きたくないなんて甘い。みんな我慢している。もっと大変な人もいる。自分だけ弱いんじゃないか——。
その必要は、ないと思っています。
ことわっておくと、このnoteに、人生を一発で変えるような派手な解決策は書いていません。
「会社が楽しくなる方法」も、「やる気を爆発させる技術」も、「人生を劇的に変えるコツ」も出てきません。
書いてあるのは、もっと地味で、もっと小さなことです。
会社に行きたくない日を、ほんの1ミリだけ軽くする。
無理に人生を変えなくていい。無理に前向きにならなくていい。無理に頑張らなくていい。ただ、今日を少しだけ軽くする。それくらいなら、できるかもしれない。
まずは、会社に行きたくない自分を、責めすぎないこと。
そこから始めていきましょう。
第1章
会社に行きたくない理由は、仕事そのものだけじゃない
——人間関係、気疲れ、責任、停滞感
「会社に行きたくない」と思った時、最初に浮かぶ理由は、たいてい「仕事が嫌だから」です。
でも、少し立ち止まって考えてみると、行きたくない原因は、仕事の中身そのものではないことが、けっこうあります。
仕事は、嫌いじゃない。やるべきことも分かっている。行けば、たぶん普通に働ける。それなのに、足が重い。
しんどさの正体は、仕事そのものより、その周りにあるものだったりします。
一番大きいのは、たぶん人間関係
正直に言うと、会社に行きたくない理由の多くは、人間関係なんじゃないかと思っています。
朝、出社して最初にやることが、上司の機嫌をうかがうことだったりする。今日は機嫌がいいか、悪いか。それを察するところから、一日が始まる。苦手な同僚とは、今日も当たり障りのない会話をしなければならない。後輩の面倒を見ながら、自分の仕事も進める。あの言い方のきつい取引先から、また連絡が来るかもしれない。
文字にすると、どれも会社員として普通のことに見えます。でも、その「普通」が毎日続くと、けっこう削られます。
「またあの人と話すのか」と思っただけで、朝から少し気が重くなる。これは、かなり現実的な疲れです。
見えないから、たちが悪い
厄介なのは、人間関係の疲れは、目に見えないことです。
仕事の疲れなら、理由がはっきりしています。資料を作った、会議が長かった、残業が続いた。疲れた理由を、自分で説明できる。
でも、人間関係の疲れは違います。
誰かに強く怒られたわけでもない。大きなトラブルがあったわけでもない。それなのに、なぜか消耗している。
会議中の、なんとなくの空気。チャットの、そっけない文面。返信が来るまでの、あの妙な間。誰かの、ため息。何気ない一言。昼休みの、微妙な距離感。
一つひとつは、本当に小さなことです。でも、それが少しずつ積み重なって、夕方にはもうへとへとになっている。
体を動かしたわけでもないのに、なぜか疲れている。 だから、「こんなに疲れる理由がない」と、今度はその疲れ自体に戸惑ってしまう。
でも、気を使い続けるのは、立派な労働です。相手の表情を読み、言葉を選び、変な空気にならないよう調整し続ける。それは給料明細にも業務リストにも載らないけれど、確実にエネルギーを使っています。
見えないだけで、ちゃんと働いて、ちゃんと疲れている。弱いから疲れるのではありません。
立場によって、しんどさの種類が変わる
会社に行きたくない理由は、人によっても、立場によっても違います。
働き始めて間もない頃は、できない自分に疲れます。覚えることが多くて、毎日が必死で、周りと比べては自分の不甲斐なさにすり減る。
ある程度こなせるようになると、今度は「できて当たり前」に疲れます。誰も褒めてくれないのに、頼まれごとは増えていく。後輩の面倒も見る。それでいて、自分の仕事は減らない。
さらに責任が増えてくると、「失敗できない空気」に疲れます。背負うものは増えたのに、報われている感じはしない。
これは年齢の話だけではありません。10代で働き始めたばかりの人にも、50代で長く勤めてきた人にも、それぞれの立場の重さがあります。「若いんだから甘えるな」とか「いい年して弱音を吐くな」とか、そういう単純な話ではないのです。
どの立場にも、その人なりのしんどさがある。会社に行きたくない気持ちは、年齢や立場だけで片づけられるものではないと思います。
言葉にしにくい、停滞感
そして、もう一つ。これが一番、説明しにくいかもしれません。
毎日、会社に行って、仕事をして、帰って、寝る。また朝が来て、また会社に行く。生活は回っているし、大きな問題も起きていない。
でも、ふとした時に思う。
「このままで、いいのかな」
仕事が嫌というより、今の自分に少し飽きている。会社が嫌というより、同じ場所をぐるぐる回っている感じがする。忙しいのに、前に進んでいる気がしない。
この宙ぶらりんな停滞感は、休んでも抜けません。寝てもすっきりしない。体の疲れではなく、この「進んでいない感じ」から来ているのかもしれません。
まずは、自分が何に疲れているのかを知る
人間関係。気疲れ。責任。停滞感。
たぶん、どれか一つだけ、ということは少ないと思います。いくつかが混ざり合って、ある朝「ああ、会社に行きたくないな」という、一つの重い気持ちになる。
ここで、厄介なことが起きます。理由がはっきりしないと、人は「会社に行きたくない自分」そのものを責め始めるのです。
こんなことで行きたくないなんて甘い。みんな普通にやっている。自分だけ弱いんじゃないか。
こうして、行きたくない理由に加えて、行きたくないと思っている自分まで責める。しんどさが、二重になるわけです。
だから、この章では答えを急ぎません。辞めるか続けるかも、まだ決めなくていい。自分が弱いかどうかを、裁判のように判定しなくていい。
まずは、自分は今、何に疲れているのか。それを、なんとなくでいいので、見てあげる。
人間関係なのか。気疲れなのか。責任の重さなのか。同じ毎日への停滞感なのか。あるいは、ただ睡眠が足りていないだけなのか。
理由が分かったからといって、すぐに全部が解決するわけではありません。でも、正体の分からない不安は、必要以上に大きく感じるものです。「ああ、自分は今、人間関係で消耗しているんだな」と分かるだけで、その重さは、ほんの少しだけ扱いやすくなります。
その「少し扱いやすくする」具体的な方法は、このあとの章で、ゆっくり書いていきます。
第2章
前向きになれない日に、前向きになろうとしなくていい
会社に行きたくない理由が少し分かったとしても、それだけで急に元気になるわけではありません。
「ああ、自分は人間関係で疲れているんだな」
そう分かったところで、月曜の朝が急に軽くなるわけではない。上司の顔色を見なくてよくなるわけでもないし、苦手な人との会話がなくなるわけでもない。責任が急に減るわけでもない。
だから、そこでまた人は思ってしまいます。
ちゃんと前向きにならなきゃ。気持ちを切り替えなきゃ。大人なんだから、これくらいで落ち込んでいられない。
でも、会社に行きたくない日に、いきなり前向きになるのは、かなり難しいです。
気持ちは、命令で動いてくれない
「よし、今日から前向きに生きよう」と思って本当に前向きになれるなら、たぶん誰も苦労していません。それができる人は、かなり優秀です。少なくとも私は、そんなに器用にはできません。
そもそも、気持ちは命令で動いてくれないものです。
「前向きになれ」と言われて前向きになれるなら、誰も苦労しません。
「気にするな」と言われて気にならなくなるなら、人間関係で悩む人はいません。
「切り替えろ」と言われてすぐ切り替えられるなら、日曜の夜に気が重くなる人もいないはずです。
でも、実際にはそうはいかない。気持ちは、スイッチみたいに簡単には切り替わりません。
それなのに私たちは、「前向きになれない自分はダメだ」と考えてしまう。
会社に行きたくない。でも前向きにならなきゃいけない。それなのに前向きになれない。だから自分はダメなんだ——。
この流れに入ると、かなりしんどいです。もともと会社に行くことだけで重いのに、その上に「前向きになれない自分へのダメ出し」まで乗ってくる。朝から、荷物が多すぎます。
でも、やる気が出ないのは、あなたの心が弱いからではありません。気持ちというのは、そもそも、そう簡単にコントロールできるものではない。それだけのことです。
気持ちを変えるより、ハードルを下げる
だから私は、前向きになれない日は、前向きになろうとしなくていいと思っています。
大事なのは、気持ちを無理に変えることではありません。今日の自分にかかっている負荷を、少しだけ下げることです。
「前向きになれたら会社に行く」「やる気が出たら動く」「気持ちが整ったら頑張る」——そう考えると、最初の一歩がものすごく重くなります。
会社に行きたくない日は、そもそも気持ちが整っていません。そんな日に、気持ちまで完璧に整えてから動こうとすると、布団から出るだけで大仕事になります。
だから、順番を変えます。気持ちを変えるのではなく、今日のハードルを下げる。
今日は100点を取らなくていい。70点でもいい。なんなら30点でもいい。会社に行って、最低限のことをして、無事に帰ってくる。それだけで十分な日があります。
特に、気が重い朝は、目標を低くするほどいいです。
顔を洗えたら、ひとまず合格。着替えられたら、もう一歩進んでいる。家を出られたら、かなり頑張っている。会社に着いたら、それだけで今日の大仕事は半分終わったようなものです。
少し大げさに聞こえるかもしれません。でも、会社に行きたくない日の朝は、そのくらいハードルを下げていいんです。
動き出す前が、一番しんどい
ここで、一つ思い出してほしいことがあります。
歯磨きって、磨き始めるまでが一番面倒じゃないですか。
「歯を磨かなきゃ」と思いながら、なかなか洗面所に立てない。でも、いざ磨き始めたら、「あー、しんど」と言って途中でやめる人は、まず見ません。磨き始めれば、なんだかんだ最後までやる。一番のハードルは、磨くことじゃなくて、磨き始めることだったりします。
会社も、これに少し似ています。
行く前が、一番重い。始める前が、一番しんどい。動き出す前が、一番面倒くさい。
だからこそ、気持ちを先にどうにかしようとするより、動けるサイズまで小さくする方がいい。
気持ちは重いままでも、顔を洗うことはできる。気持ちが乗らなくても、服を着替えることはできる。前向きじゃなくても、最低限の仕事をすることはできる。
完璧な気持ちで始めなくていい。前向きじゃなくても、始めていい。
そして、気持ちというのは、動いたあとから、少しだけついてくることもあります。
その話は、このあとの章で、もう少し詳しく書きます。
前向きじゃなくても、進んでいい
前向きになれない日は、気持ちを変えるより、今日の扱い方を変える。それくらいでいいです。
人は、気持ちが整ってから動ける日ばかりではありません。むしろ、整わない日の方が多いかもしれない。
それでも、気が重いまま顔を洗えたなら、その日はもう少し進んでいます。やる気がないまま家を出られたなら、それで十分です。
前向きじゃなくても、進んでいい。
会社に行きたくない日でも、立派な自分にならなくていい。まずは、今日の自分を責めすぎず、ハードルを下げる。
そこからで十分です。
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