イスタンブールというご褒美
石畳を抜けて、視界がひらけた。
ブルーモスクを見上げたあの瞬間。
目の前に広がる青い世界。
何年も画面越しに見てきた世界が、
本当に、そこにありました。
「本当にここまで来たんだね」
母がうれしそうに笑う。
完全に観光客のテンション。
写真を撮って、見上げて、また笑いました。
モスクの中に入った瞬間、空気が変わる。
天井を見上げたとき、思わず立ち止まりました。
どこを見ても美しい文様が重なり、細部まで途切れない装飾。
光が差し込むたびに、全部がきらきらと神がかって見えた。
石の冷たさ。
絨毯の柔らかさ。
祈りの声が天井に吸い込まれていく。
これを何百年も守ってきた人たちがいる。
この空間が、戦争も地震も越えて残っている。
その中に、自分が立っている。
胸がいっぱいで、しばらく言葉が出なかった。
その高揚の奥で、私は静かにほどけていきました。
退職を選んだ自分を、どこかで責め続けていました。
せっかく辿り着いた丸の内。
やっと掴んだ居場所。自分で降りた舞台。
あの決断は正しかったのか。
ずっと答えが出ませんでした。
でも、イスタンブールでの時間を過ごして、はっきり思った。
ここに来るための時間だった。
逃げではなかったと思いたい。選択がもたらしてくれた時間でした。
六年前、突然倒れた母。
命を落としてもおかしくなかった。あのとき、時間は止まった。
こんな日が来るとは思えなかった。
でも今、ここに一緒に立っている。それだけで、十分でした。
ここには書ききれないけど、2人で過ごした時間は特別な思い出となって、これからの私の人生を支えてくれるでしょう。
そして、帰国便。
母は、オットマンに足を延ばして、ほとんど眠っていました。
疲れが出たのだと思う。
プレエコにしてよかったと、心から思った。
機内食の日本食を
「やっぱり落ち着くね」と言いながら
嬉しそうに食べていた母。
その横顔を見ながら、私はスマホを開いていました。
転職エージェントの求人を見てみたり、メールを見返したり。
エージェントとのやり取りを再開して頑張らないと。
「退職後、あまり時間を空けない方がいいですよ」
そう言われていたのに、やりたいこと、やらないといけないことをするために、アドバイス通りに動かない私は、きっとエージェントから見れば扱いづらい顧客だと思います。
まだこの時点では、不安ではなく、わくわくしていた。次はどんな場所だろう。何ができるだろう。
次に向けて出発するための私にとっては、この旅行は助走でした。
羽田に着いてからも、気は抜けません。
母はそのまま国内線で実家へ戻ります。
乗り継ぎは大丈夫か。
兄との連携は取れているか。
空港内の移動は問題ないか。
今回は、最後まで“守る側”です。
それでも、心は軽かった。
青い街は、私を休ませただけではない。
この経験は、自信や勇気につながっていきます。
イスタンブールというご褒美。
それは甘い慰めではなかった。
帰国してすぐ、私は動き始めました。
今度は、焦りではなくこれからの自分のために。
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