【エッセイ】ハムスターになる

空腹の自分がご飯を食べて満腹になること

自分の中だとか、自分の心の中で、スキマのあいていたところに何かが入り込んでそのスキマを埋めてくれること

例えば空腹
例えば充実感
例えば快適さ

あげていけばたくさんあげられると思うけど

僕の中のその不足は、その不足を満たすと感じなくなるけど
有り過ぎても自身の不快感につながる

空腹はそれを満たすためにご飯を食べ過ぎると、吐き気にかわるし

快適さは涼しいところへ行けば一瞬「キモチイイ」と感じた後にちょっと寒すぎるなと感じる

これは、五感で感じられる感覚だけじゃなくて

自分の気持ち
精神状態も同じくだ

自分の精神状態が安定していて、充実してるって感じるのは
忙しく用事を終わらせていく中で、その用事がひと段落して一息ついた時で、充実感を感じるのは一つため息ついて少し休むときが多い

達成感も同じくで、苦しい何か、プレッシャーのかかる何か出来事が終わった瞬間には強く感じるけれど
少し経つとたちまち消えて行ってしまう

僕の一瞬感じた「やった!」という「快」の感情はそこにずっととどまってみても長続きしない

例えるなら、砂漠にコップから水を落としても
コップの水はすぐにしみこみ、跡形もわからなくなってしまい元の乾いた砂地になるみたいに
僕達の「快適」の気持ちも「キモチイイ」という感情も、ほんの一瞬しか持続しないんじゃないだろうか?

それ故に僕たちは快適を追い求めて車輪の中をぐるぐる回るハムスターみたいに
快適をもとめてずっと果てしなくカラカラと「快適」を追い求めて車輪を回す

カラカラカラと

満たされることなく毎日ずっと回し続ける

けれど、それでいて僕たちは、そのカラカラと果てしなく車輪を回すような日々の繰り返しにも心地よさを感じているのではないだろうか?

僕達は、日々の繰り返しのホイールの中で少しずつの「快」を求めてずっと車輪を回す

たまに、空から落ちてくるような「キモチイイ」という感覚をずっと追い求める

手に入らないものにこそ価値があるような気がして
僕らは手に入ったものにはもう価値など無い気持ちがする

目の前にニンジンを吊り下げられて必死に走る競走馬みたいに、あと少しで食べられるニンジンをもとめる
さっき食べたニンジンのことはもう忘れて

砂漠の地平線にうつったオアシスの蜃気楼を追い求める旅人みたいに、見たことも無いような素晴らしい景色を追いつづける
昨日訪れた素晴らしい街の風景を忘れてしまって

そうして僕達は

今日もまたハムスターになる

2026年6月30日


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