【エッセイ】呪術を食べる

呪いや怨霊に興味を持ったのは、中島らものガダラの豚を読んでからだったのかもしれない

小説中に登場する
自分ではどうしようもできない理不尽な悪意からの攻撃
意味の分からない呪いのプロセス
儀式を行うと、相手に超自然的な効果を発揮する呪術

呪術はどうやって襲ってくるのかも、それらがいつ去ってくれるのかもさえわからない
それの思考回路も全くわからず理解不能な現象で
儀式を行うと、呪術は動き出してその対象者に影響を与え終わるまで消えない、去ってくれない

ガダラの豚に登場した呪術の仕組みには鳥肌が立ったが、もっと知りたくなった

確か、ニーチェだったか「深淵を見つめるものは、深淵からも、また見つめ返されている」という言葉にあるように

いつしか、その、深淵から目をそらせなくなって
こわいものを見つめている自分の目線に呪術の方でも気づいて、じっと、見つめ返してくるかのようだった

呪術の仕組みはシンプルだが、同時に訳が分からず意味不明だった

因果応報
怨念と報復の矢印の向きが明確なのかと思いきや
自分の立っている方向、対象を見つめる方向によって報復の矢印の方向が変わるということもある

時には、自分が放った怨念の矢印がクルリと向きを変えて、報復が自分に返ってくるなんてこともある

呪術の効果は説明ができない
そして、呪術は気まぐれだ

呪いや怨霊は首輪や鎖で人間に縛られることはない
呪いや怨霊は、人が扱おうとすると、従えようとしても反対に牙をむく

舐めてかかったら慢心のどてっぱらに報復の穴をあけられる

呪術は制御できない
しかし、呪術を行う呪術師たちは、なぜかそれを扱うことにたけている

どう考えても関係ないような二者を呪術師は結びつける

呪いの人形と怨めしい相手を
対象に釘を打ち込むことなく
呪いのその人形に与えた危害をそのまま呪いとして
相手に与えるダメージにする

呪術は、なかなか発見できない

しかし社会の襞に確かに存在する

呪術と近いものに祭祀がある
祭祀の対象の神と呼ばれる存在は、人の考えが、常識が通用しない対象だ

我々は神のご機嫌をとって何かしらの見返りを得ようと立ちまわる

上手くいけばいいが

しかしながら、時には逆に神の怒りをかってしまい
儀式・呪術の失敗は祟りとして我々に襲い掛かるものでもある

神と人との関わり
呪術と儀式の関係は

毒のある食べ物と人間のかかわりの歴史とよく似ている部分がある

毒のある食べ物を食べようとする人間は
その食べ物の毒で健康を害する

しかし、美味なそれを食べるために工夫を凝らして
ある時は部分を取り除き
ある時は特殊な方法で調理して

毒を食らわないようにして
食べ物を食べる

呪術もまた毒のある食べ物のように
我々を魅了してひきつける

怨霊の毒気にあてられないように、儀式という調理工程を経て

我々は

呪術を食べるのだ

2026年6月16日


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