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「デスコール」

プロローグ “因縁”


2008年、夏。

「源さん…いつも手間かけるね…でもあんたは大丈夫かい?」

桐谷圭介(キリヤケイスケ)は、お祓いを頼んだ。夢に髪の長い白装束の女が出てくるというのだ。

「大丈夫だよ。そこまでの念は感じなかったし、元々霊障なかったんだろ?桐谷さん心配しすぎだって」

瀬島源(セジマゲン)は呆れ顔で言った。というのも桐谷は今年に入ってから7回目のお祓いだ。

「お金使ってくれるのはありがたいけどさ、安くはないんだから」

源は桐谷に諭すように言う。

「もうおれらの子ども小6だろ?進学も控えてるんだから、自分で言うのもなんだけどこんなことにお金使ってちゃダメだって」

桐谷は渋く頷く。暗い表情だ。

「源さん、おれはなんか嫌な予感がするんだよ。確かに最初お祓いしてもらったときは2ヶ月夢にも出てこなくなったし思い出すこともなくなった。でも完全に消えることはないし、“アレ”が夢に出てくるスパンがどんどん短くなってるんだ…」

源は元々メディアでも活躍した霊媒師で経験は豊富だ。たしかに、お祓いが必ず上手くいくとは限らないが今回のケースは少し特殊だった。霊障と言える霊障がないからだ。

「メンタルの不調が、ほんの少し脳裏についた恐怖のイメージを増大させてるんじゃないのか?夢の中っていう潜在的な空間だろ?おれはそのあたりの専門じゃないからわからない。けどさっきも言ったように、念はほとんど感じない」

桐谷に対して源は少しイラつきながら続ける。

「それよりも、桐谷さんが抱いてる恐怖のイメージをおれがキャッチしてる可能性すらある」

桐谷は確かにな、と不安ながらもそう思うようにした。


「今日もありがとうね源さん」

源は玄関に向かって立とうとする桐谷を引き留めた。

「ごめんさっきさ、おれが大丈夫かどうか心配してくれてたけど、どうして?」

桐谷の顔は相変わらず浮かない。

「…最後に見た夢がちょっとね…」

源は眉をしかめた。

「多分、多分なんだけどさ、あれ井戸かなんかだと思うんだけど…そこから“アレ”の手が出てきたんだ…夢はそこで終わったんだけど、いつもと違うからちょっと違和感があってね…」

源にも違和感があった。なにせお祓いの手応えがないのだ。普通、お祓いを受けた人間は、その言葉の通り“憑き物がとれた”表情になるのだという。

だが、桐谷にはそれがない。

あまり深く考えるなよと源は桐谷を見送った。





そして桐谷はその一週間後、心臓発作で亡くなった。

警察の話によると、死因は心臓発作で間違いないが
四肢は変形し、まるでこの世の者とは思えない表情で硬直していたらしい。

あまりにも不自然な遺体をみて、他殺の線でも捜査したが、結局はなにも手掛かりがなく捜査は打ち切られた。


雨が降る中、通夜は行われた。その雨粒の隙間から、視線を感じる。背筋にへばりつくような、嫌な視線。


「父さんは言ってた。からだの調子が悪いから源さんに相談してくるって…。本当になにも、なにもなかったんかっ!!!」

桐谷の息子、豪太(ゴウタ)の声が会場に響く。

「こんなん明らかに…こんな死に方おかしいだろ!!お前有名な霊媒師じゃねぇのかよ!!!」

言葉を詰まらせながら、豪太は源を責めた。



そして豪太は親族に連れられ、奥の客間に入れられた。

「すみません瀬島さん…私たち含め息子もわかってるんです…そんなオカルトの話しじゃないって…」

桐谷の妻に、源はなにも言わず、ただ黙って話しをきく。

「でもね瀬島さん、あれは…あれはとてもじゃないけど、夫の遺体だと思えないの…」

「一体なにがどうしたら…あんなことに…」

桐谷の妻から、堪えていた涙が溢れた。ただその目は、悲しみと恐怖が混濁していた。どこを見つめているわけでもない、まるで死角に注意を払うように。



「お父さん…」

源は振り向いた。

「…桜花、帰ろう」

瀬島桜花(セジマオウカ)は心配そうな目で源を見つめるが、源は視界を遮るように頭を撫でた。

「豪ちゃんと…なに話したらいいかわかんない…」

桜花も目に涙を浮かべている。

「今はそっとしておこう。また学校で会ったら、豪太くんを頼むね」

桜花はそっと頷き、源の手を強く握った。




時は流れ、2013年の夏。
2人は同じ中高一貫の学校に進学した。それが2人の中であの件が過去にならない要因だった。



「おい、クズ女」

「…..なに、豪ちゃん」

「死ね!!!!!」

豪太が桜花の髪を掴んで倒す。

「せっかくのその綺麗な顔が台無しね」

女子生徒はそう言いながら、涙を流す桜花の髪をハサミで切る。

高校にあがり、桜花に対するいじめがエスカレートしていた。豪太が父の件を持ち出し、以来そのいじめが続いているのだ。
そして、桜花は美しい。それがまた、いじめを助長させた。

他人の悲しみになど目もくれない。
突き落とすことの愉悦を知り、自身の存在を確定させる。それがいかに薄かろうと気づかない。

「生きてる意味ないよなぁ、人殺しは」
「ほんとにね…いつ死ぬのー?」
「今でしょ!!!」

豪太たちの笑い声が校舎に響く。

「(誰が悪いの…?お父さん…?)」

「(私が普通に学校に来てるから…?)」

うずくまる桜花を、全員が踏みつける。

桜花は今まで耐えてきた。何年も、何年も。
学校に行きたくないと毎日思ったが、行かなくなったら父が悪いと周囲に間違った理解をされそうで、重い足を引いて学校に行くことをやめなかった。


「てめぇの親父は!!人殺しなんだよぉ!!」



「ち ガ う」


この人たちは私をいじめることで、自分たちの退屈な時間を凌いでるだけだ。こういうのはこじつけなんだ。だって私、なにもしてない。
そう思った桜花に、これまでなかった感情が芽生える。

「豪ちゃんさ…私なにかしたっけ…?」

いままで反抗的な言動などなかった。
豪太の頭に、血が上る。

「お前の親父が!!俺の親父を殺したんだろ!!!」

違う。桐谷圭介は心臓麻痺で死んだのだ。


「そう思うよウに…シたんだよネ?」

豪太の顔は引き攣った。
一瞬、桜花の顔が、目が、黒くどろっと溶けたように見えた。そんなわけはないのだが、豪太の冷や汗は止まらなかった。 

桜花は豪太たちの間を堂々と通り、その場から立ち去る。

そして桜花は、笑っていた。



「…なんなんだよあのクズ女ぁぁ!!!」

恐怖から来る、叫び。
そして、豪太の頭にふっと湧いた、殺意。
だが、あとになって気づく。これは対抗意識なのだと。殺さなければ、殺される。桜花によって芽生えさせられた殺意。



「こ、殺さないと…ッ」







呪い

霊などとは一線を画す、圧倒的に邪悪な存在。

呪いとは、死ぬ直前に、怒りで自身を奮い立たせることで成立する。絶対的な覚悟で、死者が生者を引き摺り込む。

偶発的に発生することはない。成るべくして成る。
そしてそれを、“成呪する”という。



桜花の背後に、黒い影が忍び寄る。



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